本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

香港の甘い豆腐/大島真寿美

シングルマザーに育てられている高3の彩美は、世の中に対し「ここはどこ?」と言ったような違和感を持ち続けており、不登校にもなりかけている。常に父親がいないことを言い訳にしてきていて、不登校の件で母と言い合いになった際もそれを持ち出したところ、いきなり母に香港に連れてこられるのである。え、私の父親は香港にいるの?と戸惑う彩美であり、四日間と設定された香港滞在も、母の思惑に乗るかとばかりに反抗し始め、夏休みを香港で過ごすことを決意、母の友人であるマリィのもとにホームステイすることになるのだった。
 
そして、香港の、取り立てて優しくはないけれど不親切ではない、無関心なホスピタリティに居心地の良さを感じ、「ここは香港だ」と自分が今いる場所を見いだすのである。

日本に帰った彩美は、香港で覚えてきた豆腐花というデザートを作るが、彩美・母・祖母の三世代でパクつくシーンに幸福感が溢れている。

「懐かしくなったんだろ?これはそういう味じゃないか。甘くて、柔らかくて、口当たりがよくて、やさしい味で」と言っていた祖母だが、後に香港へ行って味を占め、「こないだ香港で食べたら、もっとうんとおいしかった。香港で食べるまでは、彩美の作る甘い豆腐は上等だと思っていたけど、本場で食べたら、どうしてどうして、あれじゃ、お話にならない」などと、身もふたもないことを言うのである(笑)。

ともあれ、この甘い豆腐に香港が集約されているのだろう。特に派手なことがある訳でないが、豆腐のように優しく美味しい小説である。人間関係の機微に触れる場面も多々あり、上手いなぁと思わせた。