本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

山背郷/熊谷達也

潜水夫、マタギ、河川水運の船頭、漁師など、大自然を畏怖し、崇敬し、寄り添い、或いは抗って生きる人々を描いた短編集で、自然の詩情と共に民俗や習俗も巧みに取り込んでおり、非常に読ませる。直木賞受賞作「邂逅の森」のプロトタイプも収められている。

少年と誇り高き犬との交流を描いた「メリィ」、親友の祖母であるイタコの口寄せが友情に影響する「オカミン」など、現代の少年たちを描いたものなどはとてもノスタルジックで、こういう面もあるんだなぁと思わせた。幽霊船をモチーフにした一編はとても恐い。

そして最終篇の「川崎船」がとても良い。漁師の若者栄二郎は、戦後、漁船が動力化されて始めているのに一向に耳を貸さない父親を「頭の古い頑固者」と決め付け、くさくさしている。栄二郎には商船学校に行くという夢があったが、長男が戦死したためそれも適わない。それでも、漁師としてそこそこの腕を持ち始めた栄二郎は、怪我をした父親に代わって「船頭(おやかた)」を見事に努め周囲の称賛を浴びる。そして、父親がエンジンを購入する替わりに自分の進学資金を貯めていたことを知るのだ。若者の成長と父親の慈愛が心地よい一遍だ。

熊谷作品には良く「沢田喜一」という富山の薬売り(トウジンさん)が登場し、マタギや箕作りなど、やはり放浪する職能民と関わりを持つが、どうも登場するたびに人格が違う。初の行商に途方に暮れる少年を優しく指導するかと思えば、マタギの熊の胆を持ち逃げしたり、戦後に虚無的になって登場したりする。主人公に何らかの働きかけをする狂言回しのような役割だが、一人の人間ではなく、トウジンさんという記号としてのみ登場しているのかもしれない。また、どこかで登場してくるか楽しみだ。