本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

香港の甘い豆腐

小学館文庫新刊にて再掲。

ダラダラした女子高生・彩美を主人公にした、青春小説と言うよりはヤングアダルトノベルだろうか。

シングルマザーの母親(及び祖父母)に育てられ、父親がいないことを何かと言い訳にしている彩美は、いつものように母に口答えしたところ、いきなりパスポートとチケットを渡されて香港に連れて行かれる。「私と香港と何か関係があるのだろうか」とおののく彩美である(笑)。

母親は相当エキセントリックだし、祖母の方も負けず劣らずに風変わりで、この親子関係が面白い。互いに、身勝手だ、よく分からないと言い合っているのだ。彩美は香港での逐一を日本にいる祖母に報告しており、祖母と孫の思いやり合いが暖かい。

いろいろあって何となく母に反発した彩美は香港に残ると言いだし、母の友人宅に居候することになる。要するに香港滞在小説である。無愛想なホスピタリティというか、無関心な親切というか、そういう人間関係が妙に心地よさそうだ。大家さんの姪っ子とその友人というルームメイトとのやりとりも、言葉が分からないのに妙に安らいだりしている。

香港の人たちと良い関係を築いて日本に帰った彩美は、香港で覚えてきた豆腐花というデザートを作るが、彩美・母・祖母の三世代でパクつくシーンに幸福感が溢れている。「懐かしくなったんだろ?これはそういう味じゃないか。甘くて、柔らかくて、口当たりがよくて、やさしい味で」と言っていた祖母だが、後に香港へ行って味を占め、「こないだ香港で食べたら、もっとうんとおいしかった。香港で食べるまでは、彩美の作る甘い豆腐は上等だと思っていたけど、本場で食べたら、どうしてどうして、あれじゃ、お話にならない」などと、身もふたもないことを言うのである(笑)。

ともあれ、この甘い豆腐に香港が集約されているのだろう。特に派手なことがある訳でないが、豆腐のように優しく美味しい小説である。