本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

逃亡くそたわけ/絲山秋子

福岡の精神病院を逃げ出した男女が、九州を縦断するような逃避行を繰り広げる。芥川賞を受賞した絲山秋子直木賞候補だが、このタイトルを見た時にはぶっ飛んだ(笑)。

躁鬱病の主人公(女性・20才)は、強烈な副作用に襲われるテトロピンの服用が嫌さに、鬱病の治りかけ青年・なごやん(24才)を連れて入院中の病院を脱走する。「亜麻布20エレは上衣一着に相当する」という幻聴のリフレインが主人公の焦燥をよく表しているが、無意味な透奏低音であるこのフレーズは、資本論の一節なのだそうだ。

なごやんは東京言葉しか話さず、無駄な知識を鼻に掛け、東京者であることを標榜する見栄っ張りだが、両親が訪ねてきて図らずも名古屋出身であることを露呈する。標準語しか話さない、しかし名古屋銘菓「なごやん(パスコの製品らしい)」を自慢する彼の、故郷への愛憎が窺えて笑える。

なごやんのルーチェ(広島のメルセデス)で九州を南下する二人は、薬が切れかけていることもあって症状が悪化したり、死に傾斜していたりするが、苦難のドライブを続けることで何か吹っ切れ、不思議なハッピーエンドへ雪崩れ込む。

著者自身が精神を病んだ経験があるそうで、薬の詳細とか、発作の焦燥感とかに説得力があった。普通ならば逃走中の男女なのだから恋愛関係に陥りそうなものだが、ここにはそれがない。その辺も読後の気持ちよさかもしれない。