本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

鹿の王(上・下)/上橋菜穂子

疫病パニックをモチーフにしたファンタジーであるが、一言では言い表せられない重厚長大な作品である。

アカファ王国が東乎瑠(ツオル)帝国によって併呑され、独角(抵抗軍の戦士)の頭として戦っていたヴァンは、戦いの後、塩鉱山の奴隷に落とされている。鎖に繋がれたままのある夜、野犬と思しき群れに鉱山が襲われ、監視する側も奴隷も咬まれて発症し、バタバタと死んでいくが、ヴァンは生き残り逃亡、その際、かまどの中で泣いていたやはり生き残りの幼児を保護し、共に放浪することになる。

東乎瑠が圧倒的な強国であるが、先進技術(特に医術)で売るオタワル聖領、属領となる代わりにある程度の権力を持たされているアカファ王国など、周辺の事情も複雑で、それが物語を二重三重に重厚にしている。

オタワル聖領の若い医術師で、ひねくれ者の貴人ホッサルが賢明に治療法を探すくだりなど、正に医療サスペンスの感。狂信的な愛国者の持つ悲惨さに比べ、寡黙で孤高の男ヴァンの誠実さと優しさが際立ってもいる。保護した子供ユナとのやりとりも微笑ましい。物語の裏側には更に複雑な謀略があり、そこを糾明していくあたりはジェットコースターミステリ−である。

元々は児童向けファンタジー作家であるが(児童向け作品群も重いテーマで読ませる)、疫病パニック、医学、生物学、憎しみの連鎖など、今日的なテーマを詰め込んで、何とも読み応えのある骨太の物語だった。