本・花・鳥(ほん・か・どり)

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ザ・ビッグイヤー/マーク・オブシマック

アメリカのバードウォッチング界に「イヤーリスト=一年間で何種類の野鳥を見られるか」を競うビッグイヤーと呼ばれる競争があり(副題にあるような競技会ではなく、あくまで個人的な名誉競争である)、1998年にビッグイヤーに挑んだ三人のバーダー(探鳥家)の挑戦をドタバタと描いたノンフィクションである。併せて、アメリカの探鳥の歴史も綴られている。著者はピューリッツァー賞も受賞したようなジャーナリストで、取材対象としてバーダーと接しているうちに自らもとりこになってしまったようだ。

バーダーとは、公園のベンチに座って寄ってくる鳥を眺めるのも含まれるバードウォッチャーと違い、自ら野鳥探しに出向いて観察数に執着する者を指すらしい。日本人の野鳥観察初心者からすればどちらも大して違いはあるまいにと思うのだが・・・。

著者の弁がふるっていて、世間の人が蒐集癖と折り合って暮らしていることに触れた後、「しかし、探鳥家はそれにはまってしまう。鳥のリストを作りはじめ、管理ソフトをダウンロードし、鳥を数えるようになったら、もうあなたは(そして私は)救いようのない中毒にかかっている」と続けているが、自分も観察出来た鳥を管理ソフトで記録しているので「正にオレのことだよ」とつい思うのである(笑)。

閑話休題ビッグイヤーに挑むのは、サンディ・コミト(パワフルで傲岸で厚かましく、しかしどこか愛嬌のある土建業者)、アル・レヴァンティン(リタイヤしたエリートビジネスマン。陽気で闊達でスポーツ好きの頑健な高齢者)、グレッグ・ミラー(原発のソフトウェア技術者で、離婚したばかりで傷心の40男)で、一年間にわたり、アメリカ各地で野鳥との追いかけっこを演じる。三人とも少年時代から鳥を愛してきた者たちであり、それぞれに好感が持てるが、前者二人が裕福なのに比べ、フルタイムで働きながら休日を探鳥にあてる、オタク気質のミラーをつい応援したくなるのが人情だ(笑)。

アメリカの探鳥史も語られていて、これも結構凄まじい。19世紀末、オーデュボンという画家が、丹念に写生した「アメリカの野鳥」を出版したことで野鳥観察ブームに火がついたらしいが、オーデュボンは、撃ち落とした鳥の中から姿の良いものを選び、あたかも生きているようなディスプレイをした上でスケッチしたということだ。

また、撃ち落とした野鳥の数を競う競争もあったりしたそうだし、西洋狩猟民族は、古来花鳥風月を愛でて来た日本人とはだいぶ趣きが違いそうだ。そして、自然愛好家の中から「殺すのは止めて見るだけにしようじゃないか」という声が上がり、バードウォッチングというスポーツが始まったそうだ。そう、アメリカでのバードウォッチングはとにかく数を競うスポーツであるらしい。このあたりがやっぱり肉食狩猟民族の感じがする。

翻って、日本での近代野鳥観察が、野鳥の会創始者中西悟堂の「野の鳥は野に」のモットーのもとに始まったように(野鳥や探鳥は中西の造語の由)、自ら自然に分け入りつつ、対象である野鳥を脅かすような真似をしてはならないということになっており、この辺も花鳥風月の伝統だなぁと思うのである(昨今は、珍しい野鳥写真を撮りたいがために野鳥を脅かす輩がかなりいるらしいのだが・・・)。



オーデュポンの描いたカラ類(ウィキメディアよりお借りしました)
実のところ、ブームを起こすほどのものとも思われないのだが・・・。