本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

アフターダーク/村上春樹

村上春樹の作家生活25周年記念書き下ろし作品。

ある歓楽街での一夜の経過を描き、眠り続ける美女の寓話が同時に進行する。物語は神の視点で語り続けられ、そこには「ぼく」という語り手の一人称がない。「風の歌を聴け」等のファンであった自分には、語り手の「ぼく」がいない村上春樹なんて、という感じがあるのだが・・・(笑)。

映画カメラが対象物を写しだしていくような語りの文章にも、一体どんな意味があるのだろうかとも思うが、村上作品に意味を求めるのが間違いという気も・・・。

ファミリーレストランで夜を明かす19才の少女浅井マリの一夜が綴られるが、そこはさすがに村上春樹的な面白さ。美貌の姉の友人タカハシに声を掛けられ、それぞれの人生について語り合ったりして、いかにも村上春樹な会話が楽しめる。美貌な姉へのコンプレックスからか、消極的かつしっかりした性格になっているマリが、タカハシとの会話によって自分の姿を再確認しているようで、何というか、「自分探し」的な感じがした。

タカハシの知り合いのラブホテルで中国人娼婦暴行事件があり、中国が話せるマリが通訳として駆り出されるが、夜の街にうごめく、訳ありで優しい人々との交流が妙に温かい。このあたりが、デタッチメントからコミットメントへと呼ばれる、最近の作風なのだろう。

全体の構成は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を思わせるが、地の文体の異和感、奇妙な温かさなど、「風の歌を聴け」のファンであった自分には何かとまどわせるものがあった。クールさと乾いたユーモアと充実した欠落感、というのが初期の村上作品の魅力だったんだがが・・・。

村上作品として読まなければ十分面白いのかもしれないし、村上作品でなければ手に取ることはなかったかもしれない、そういう複雑な思いを抱かせる作品である(笑)。