本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

天頂より少し下って/川上弘美

友人、親戚、親子(義理の親子も含む)などをシュールにユーモラスに描いた短編集。それぞれ別の雑誌に発表したものを集めたもので、統一性のある編集ではない。わりあいエンターティンメント性が強くて肩が凝らず、しかし何か切実なものを感じさせる世界は著者の独擅場かな。

冒頭の作品「一実ちゃんのこと」は、「あたし」が予備校で知り合った友人一実ちゃんとのやりとりを語っている。実は一実ちゃんはクローン人間で、親株の長女、三女の二実(ふたみ)ちゃん、四女の三実(みみ)ちゃんの四人姉妹として育てられているが、遺伝子を同じくするクローンではあっても個性の違いがあり、自分は投げやり派なのだと自重している。

そして、自分の投げやりは青春の蹉跌であり、これを打破するためにクローン牛の飼育所から牛を解放して豊穣な空気に触れさせると決意するのである。シュールな事情が当たり前に語られ、また「あたし」との他愛ないやりとりも楽しい短編で、「世界は断片からできていて、どの断片もはかなくてあやふやだけれど、あたしも一実ちゃんも、ともかく牛丼屋でつゆだく大盛りを食べることが出来る。」という一節に感じ入る。「どうせあたしなんかクローンだから」と自嘲する一実ちゃんの台詞も傑作(笑)。

シュールでユーモラスでさりげない会話が初期の村上春樹作品を思わせてちょっと懐かしい。