本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

海うそ/梨木香歩

ネタばらしあり注意。












日本的情緒を盛り込んだファンタジーを得意とする著者だが、本作にはスーパーナチュラルな要素は(ほとんど)ない。

昭和初期、人文地理学(地域の歴史や地質や植生やらを雑多に研究するらしい)の若き研究者秋野は、調査のため南九州の遅島に滞在する。かつて修験道の聖地であった遅島は、廃仏毀釈の嵐の中で本土からやってきた神道関係者に古い習俗を破壊され尽くしているが、秋野は古い信仰の跡を訪ねて濃い自然の中を放浪するのだ。

真面目な学究で人当たりの良い秋野は許婚者に死なれたばかりであり、両親もその後に立て続けに亡くなっている。それ故に生と死の匂いの立ち込める遅島に引きつけられられているのかもしれない。

濃密な自然描写の中、島出身の成功者で隠棲している老人の世話になりつつ純朴な人々と語り、島人と微笑ましいましいふれあいを持つという、いかにも自然好きな著者らしい物語の展開だが、主題はむしろ残り数十ページの後日譚の方であろう。

調査を終えた若き秋野はその後遅島を訪ねることはなく、気持ちの良い島の若人も戦死したことなどが淡々と綴られるが、五十年後、秋野の息子が遅島の開発に携わることになり、昔の気持ちに却って遅島を訪ねてるみるのである。

当初は無残な開発にさらされる状況を嘆く秋野だが、海うそ(蜃気楼)に象徴される変わらぬものを実感し、かつて島であった和やかな交流を追想し、おだやかな結末を迎えている。この手の小説で自然破壊を嘆くことは当たり前のように思うが、その後に救済を持ってきたところが新鮮。