本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

夢の守り人/上橋菜穂子

短槍使いの女用心棒バルサの活躍を描くファンタジー守り人シリーズ」第三弾。

異世界で数十年に一度咲く<花>は、ひとの<夢>を養分にして実を結ぶ。そして、この世に不満を抱いていたり、絶望していたりする者を、郷愁を呼び起こす歌で<夢>に誘うのだが、バルサの幼なじみである呪術師タンダの姪や、バルサとタンダが守ったことのある新ヨゴ皇国皇太子チャグムも覚めない夢に誘い込まれてしまう。姪を助けるため、タンダが魂呼ばいの術で<花>の世界へ侵入すると、そこは息子を失った女の妄執に支配されていて、タンダは<花守り>として凶暴な野獣にされてしまうのだった。

夢の世界でチャグムと出会ったタンダはチャグムを「夢の世界へ逃亡したままで良いのか」と教え諭す。

「別の人生って、なんだろうね、チャグム。ほかの人の場合はわからない。でも、おまえの場合、今のすべてを捨てる気なら、命を賭けてでも、おまえを別の国へ逃がしてやるよ。・・・・・それは、あの一年前のおまえでせ、わかっていたはずだよ。
 でも、おまえはあのとき、自分の人生をなんとか生きてみようと思ってたはずだ。帝になる人生という、おぞましく暗い闇にむかって、さみしい思いを抱えながらも、しっかり顔をあげていた。・・・・・それはね、おまえが、そういう自分の姿が好きだったからなんじゃないかな」
 おれには、人がみんな<好きな自分>の姿を心に大事にもっているような気がする。なかなかそのとおりにはなれないし、他人にはてれくさくていえないような姿だけどね。
 少なくとも、おれはその姿をもって生きてきた。そして、どうしたらいいかわからない分かれ道にやってきたら、どっちに歩んでいくほうが<好きな自分>かを考えるんだ」 

かなりお説教臭い台詞だが、これこそが児童向けファンタジーの真骨頂というものだろう。ファンタジーが逃避の文学であるとはよく言われることだ。現状に不満を抱く人が、もっと恵まれた別の世界、もっと輝かしい自分を束の間夢見るための道具であることはよく分かる。しかし他方、現実を見つめてより良くなれるよう努力することを教えてくれもするのだ。その点、本シリーズはゲド戦記シリーズのように読んで考えさせる力がある。弱い人達が何とか<好きな自分>を見つけようとあがく物語なのだなぁ。