本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

それからはスープのことばかり考えて暮らした/吉田篤弘

クラフト・エヴィング商會という名前は何となく知っていたが、吉田篤弘は知らず、本カフェに参加することがなければ未だ知らなかった作家だと思う。風変わりな善人たちのやり取りが楽しく、ハートウォーミングで美味しい物語だ。

仕事を辞めて、私鉄沿線の小さな町に引っ越してきた「僕」は、古い映画の脇役女優に恋をしてあちこちの名画座を訪ね歩いているような、いかにも草食系な感じの若者である。町の名物のサンドイッチ屋の味のとりこになり、日々通いつめるようになるが、ここの主の安藤さんも飄々と浮世離れした善人で、安藤さんと、理屈屋で小生意気で妙に律儀なリツくん親子と主人公のやりとりが楽しくてたまらない(笑)。

リツくんに携帯が欲しいとせがまれた安藤さんは、メールを電報と同じようなものと考えるスローライフの人だが、「面と向かって言いにくいことがある時に便利だ」という息子の言に心が動く。そして、仕事が見つからず、毎日店にやってくる主人公に対し何か言いたいことがあった風の安藤さんは、ある日「うちへ毎日来るんなら働いた方がいいと思う。お客さんをやめてほしい」と言い出し、主人公も納得して、仕事が見つかるまでサンドイッチ屋通いを我慢することになるのだが・・・。

どうやら暮しの手帖に連載されたと思しき小説らしく、やさしく口当たりよく、滋味あふれる小説である。教会の鐘楼が主人公の部屋の隣にあり、上の階には、人が良いのに辛辣な中年女性と思しき大家さんが住んでいて、何やら欧米の古い町を思わせるような舞台設定に感じられる。時計が逆回りしたような、ゆったりした時間を生きている人たちの物語で、一種のユートピアという感じがしないでもないが、ほっと出来る小説だ