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銀河英雄伝説(全10巻)/田中芳樹 

初版が四半世紀前になると言うスペースオペラの名作シリーズである。田中作品では以前に「七都市物語」を読んだことがあり、敵対する地域同士の政治的な関係の緻密さと重厚な戦闘描写に感心したが、同じ魅力が本作にも遺憾なく発揮されている。これはもう、馬と弓矢刀剣が宇宙戦艦と超エネルギー武器に変わっただけで、宇宙版三国志或いは水滸伝というものであろう。

人類が宇宙に進出した後、銀河連邦世界が腐敗しきっていた時代に、驚異的なカリスマ性で人民を魅了した軍人ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム専制王朝を樹立する。大帝と名乗ったルドルフは体制に従わない者は弾圧し、徹底的な独裁体制を敷くが、反乱者収容惑星からの逃亡者たちの勢力が徐々に成長して自由惑星連盟を作り上げる。

ルドルフ後500年経った現在、どちらの体制も腐敗しきっており、俗悪な貴族や政治屋たちに支配され、無駄な戦争に明け暮れている。また、二つの国家を上手く操ることで交易の果実を手にする自治領が陰から争いに関与し、二大勢力と第三極という形の三国志が展開されるのだ。腐敗しきった銀河帝国は、「古代中国王朝がナチスだったら」という感じだが、そうすると自由を求めた反乱者たちの末裔は梁山泊と言うことになり、こちらは水滸伝である。そして、二つの勢力で天才的な戦略家が頭角を現し、ここに波瀾万丈の戦記SFが展開されるのだった。

ローエングリム伯ラインハルトは、美貌と天才的な戦略と冷徹な意思を持つ弱冠二十歳の天才軍人である。美貌の姉アンネローザが王の側室となったため取り立てられているが、帝国に対する復讐の念を持っている。王位簒奪を企み、傲岸さと天才を野望を併せ持つあたり、信長と曹操を合わせたようなタイプであろう。幼なじみであり親友であり腹心であるキルヒアイスと共にゴールデンバウム朝滅亡を悲願としながらは快進撃を続ける。

同盟側に現れたもう一人の天才はヤン・ウェンリー。富商の子として育つも父が亡くなってみたら無一文、歴史の勉強がしたかったので、戦史研究が出来る無料の士官学校に入学したら戦史部門が廃止、致し方なく軍人となった変わり種である。一日も早く退役して研究生活に入りたいと思っているのだが、状況を読む目と、独創的な戦略・戦術を持つことから、様々な奇策を用いて同盟の危機を救うことになり、嫌々ながら軍人として出世していく羽目に。温厚で、権力や権威を嫌い、自由と民主主義を尊重する飄々とした好青年は、ラインハルトほど冷酷になりきれない部分があり、そこが魅力的だ。

二人の天才の駆け引きに、複雑な政治状況、緻密な戦闘描写、個性的な登場人物たちが絡まり、物語の面白さが詰まりまくった傑作大SFである。