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楊令伝(全15巻)/北方謙三

全共闘世代の著者が、学生運動の挫折を投影したと思われる水滸伝http://d.hatena.ne.jp/suijun-hibisukusu/20070224/1172315500の続編で、若き戦闘者楊令を中心に展開される。北方版大水滸シリーズはこの後「岳飛伝」に続き、三部作となる。
 
梁山泊が官軍に負けて三年、主立った者たちを中心に反政府活動は続いているが、次の頭領と目されている楊令が行方不明で、全体を指揮する呉用は武闘派からは頭でっかちの傲慢な軍師としか思われておらず、組織としてまとまり切れていない。そこで楊令の登場が待たれている訳である。

理論派呉用に対する武闘派の不満は大きいが、時折のぞく呉用の人間らしさに好感が持てる。自信過剰の若造が王進のもとで修行させられるパターンも継続、なつかしい人たちの登場が待ち遠しいが、花和尚とか李逵とか、死んでしまった人間も多いなぁ。そう言った仲間を思いつつ、彼らの闘争は続いていくのだ。

女真族金王朝完顔阿骨打麾下の武人として苛烈な戦をする幻王こそ楊令であるが、清新な若者だった楊令もまた梁山泊の陥落で虚無を身につけ、ハードボイルドな独白を吐いたりしている。

個性的すぎる登場人物たちをかき分け、多彩なドラマを作る手腕はさすが、読んでいて飽きさせない。ただし、一巻ごとに何かしらいいシーンが挿入されて、やや鼻につく感も・・・。

公安組織である青連寺との死闘も更に激化しそうで、楽しみは続く(青蓮寺総帥の李富は、当初理想に燃える改革主義者だったはずだが、権力に取り憑かれ悪役度が一段とアップししている(笑))。



梁山泊をめぐる状況は混沌としている。楊令が幻王として加担してきた金は見かけ上は宋と同盟を結び、宋は盟約として遼を攻めなければならない。

軍師呉用は江南で威勢を振るう実力者方臘に取り入る。神がかりの気のある方臘は妙な教義で住民をコントロールするカルトのごとき宗教を主宰しているが、人を殺すのが功徳になるという触れ込みの度人を用いて江南に反乱を起こす。呉用としてはこれを梁山泊に利するつもりだったはずだが、怪人とも傑物とも言える方臘の度外れた人格に魅了されていく。一向一揆ともカルトとも見えるような教団と政府軍の戦いもスリリングだ。

水滸伝が第一世代、楊令伝が第二世代、岳飛伝が第三世代の物語であり、少しずつ登場人物を変えながら続いていく大河小説の趣になりつつある。おそらく第三世代の中心になるのは秦容であろう。英雄秦明の息であり、王進に育てられた清爽な少年だが、武術に関しても、また闊達さでも楊令を上回る感がある。

宋を倒して新たな政府が樹立しても結局は腐敗するだろうという楊令の言があるが、それでも国を正さなければならないという志がある。国作りの矛盾や葛藤についても大きくページが割かれていて、このあたりは2009年の政権交代を思わせた。そもそも幾多の時代小説は大概その時代の世相を反映しているものだし。

岳飛との相克も読みどころ。岳飛とて志の高い軍人なのだが、楊令とはついに相容れない運命なのだ。忠臣岳飛の史伝から言えば、この続編も苦難の戦いになるのだろう。そして物語は続く。