本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

イラク水滸伝/高野秀行

イラクの湿地帯(アフワール)を旅した記録である。コロナ禍をはさんで5年ほどのスパンで書かれている。


砂漠のイメージの強い中東だが、イラクには湿地帯があり、古来、犯罪者や反逆者が逃げ込むアジールになっていたという。まさに水滸伝であると興味を覚えた著者は、在留イラク人の友人などの伝手をたどって渡航を試みるのだった。因みに、アフワールに手を焼いたフセインは、湿地を干しあげてしまったそうで、フセイン体制後は施設を破壊して少しずつ復活しているとか。


治安の悪いイメージのイラクは、外務省的には渡航自粛勧告の出ている地域であり、確かに民兵組織やイスラム過激派の跋扈もあったりするのだが、ホスピタリティ溢れるイラクの人々が生き生きと描かれている。


ティグリス川、ユーフラテス川の水を引き込むアフワールには、少数勢力のマンダ教徒、マアダンと呼ばれる湿地民(差別されており、マアダンという呼称も使われなくなっているとか)など、古代から続く生活を様式を守る人々もいて、その探訪が読ませる。


旅の本の魅力は、書き手はもちろん、登場する現地人など、ひとの面白さにあると思っている自分としては、湿地を守る環境NGOネイチャー・イラクの人物像がまことに楽しかった。水滸伝頭領の宋江になぞらえてジャーシム宋江と呼ばれるリーダーや、著者のアシストをしてくれるアヤド呉用水滸伝の参謀)、船頭のアブー・ハイダルなど、湿地の人々の面白さがなんともたまらない。このあたりが高野本の真骨頂であろう。


著者は現地の船大工に頼み、タラードという湿地用の船(優雅!)を誂えているが、これを水に浮かべるまでのドタバタがなんとも面白く、様々な学術的考察のある本書の中で、この場面が白眉ではないかと思ったものである。


かなり分厚い本であり、読むのに時間がかかったが、超弩級に面白い旅本であった。