本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

天路の旅人/沢木耕太郎

かつて戦前日本の密偵としてラマ僧になりすまし、内蒙古からチベットを放浪してその顛末を「秘境西域八年の潜行」という著書に著した西川一三の旅の記録であり、評伝ノンフィクションでもある。西川は日本の敗戦後もそのまま大陸に残り、ラマ僧に扮したまま放浪を続けるのだ。


西川の旅に興味を示した著者は、日本に復帰した後は実直な会社経営者として生きている西川にインタビューしているが、それも中途半端なままで終了し、西川の死後に再度関心を持ち始めたという経緯だ。


もともとは満州鉄道の社員だった西川だが、思うところあって退社し、興亜義塾という教育機関で学ぶ。途中で退学となるも、密偵となることを志し、様々な方面に働きかけてついに実現させる。


そしてラマ僧に身をやつして放浪することになるのだが、この旅が驚異的だ。巡礼に扮して各地を旅したり、実際にラマ僧としての修業を積んだり、なんとも求道的なのである。多少スピリチュアルな面もあり、かなり修行に入れ込んだようだ。真摯で誠実な人柄なんだろうなと思わせる。


日本の敗戦後も大陸に残り、修行、巡礼、托鉢、あるいは物乞いの群れに混ざりながら旅を続けており、インドまで足を延ばしてヒマラヤを超えたりもしている、ほぼすべて徒歩の旅であり、底辺を這いずり回りながら逞しく放浪する姿は高潔ですらあり、聖と卑についての考察もあったりする。


圧倒的な旅の記録に感嘆するしかなく、こんなダイナミックな日本人もいたんだなぁと思った。