本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

大きな音が聞こえるか/坂木司

主人公の泳(えい)は、IT企業で成功した父親のおかげで恵まれた暮らしをしているが、バブルを引きずって享楽的な父親を軽視し、このままレールの上で腐っていくしかないのかとやや人生に絶望している、可愛げのない高校生である。

唯一熱中するのは、子供の頃に父親に教えられたサーフィンで(父親の方はとっくに飽きてしまっている)、ある日、仙人のごときサーファーに「終わらない波」があることを教えられ、その考えに熱中する。終わらない波とはアマゾンのポロロッカで、大潮の日に大きな波が川をさかのぼっていく現象だが、折良く親戚がブラジルに赴任していたりして、夢を実現するために努力を始めるのだった。

クールな高校生が熱い夢を見て、努力して、人間として成長するという、ある意味お約束的な内容だが、そのお約束を面白おかしく語るのが作家の技術であろう。友人との関係も上手く配している。即かず離れずのべたべたしない付き合いだが、泳のことを思いやる二階堂はいい友人だし、空気を読むとか読まないとかのクラス内の確執も今時っぽい。

出色なのは泳の父親で、享楽的で子供っぽいが、泳が考えているほど無思慮な人間ではなく、子供のことをきちんと考える大人でもある。一回り成長して父親との対し方が変わっていくのも読みどころ。

本書で思い出したのは樋口修吉の「進路はディキシーランド」で、こちらはモラトリアムな青年が祖父に連れられて旅に出、自分の生きる道を考えるようになるという青春小説。主人公のタイプは違うが、旅は青少年を成長させるのだなぁ・・・。