本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

ほどけるとける/大島真寿美

高校中退の中途半端な日々からの成長を描くYA小説。

学校で浮き上がってしまい、いたたまれなくなって高校を中退した美和は、パン屋やレストランやキャバクラのアルバイトを経つつもやはり長続きがせず、祖父の経営する風呂屋大和湯の手伝いをしている。

美和と、けったいな客やら出入りのリネン屋の小父さんやらとのやりとりがゆるくゆったりと交わされ、それはそれでぬるま湯のようで心地よい。が、立ち止まったままで、未だ自分の未来を切り開けずにいる美和の不安もまた伝わってくる。こういう、現状に対する居心地の悪さはあらゆる人間が持っている共通項のような気がするのだがどうなのだろう。
『ものすごく恐かった。
 一生どこへも行けない気がして。』

という一節にリアリティを感じる。

中学生の生意気な弟・智也は、大事なことはすべてRPGから学んだと豪語するRPGマニアだ。そして立ち止まって恐怖する姉に「姉ちゃんはおんなじステージを抜けられないんだ」と説教するのである。
『知恵もなければ勇気もないやつの典型だな、と智也が言った。姉ちゃん、悪いことは言わない、大和屋でバイトするくらいなら、RPGをやって知恵と勇気の使い方を学べ。』
なんと説得力があるのだろう(笑)。

常連客の佐紀さんとの関係も面白い。漫画の原作者をしている、三十代後半と思しき見るからにおばさんおばさんした女性で、常に締め切りを破りそうになっては担当編集者の君津とバトルを繰り返しているのだが、意外と細やかな気遣いをする人なのである。町で見かけた美和を自宅に引っ張り込み、挙げ句に酒盛りとなるシーンの楽しそうなこと。和やかで微笑ましくてとろりとして夏の夜の気持ちよさを描き出しており、作中の白眉かと思える。

そしてなんでもない描写に魅力があったりする。子供の頃のことを、風呂屋の湿った暖かい空気と共に思い出している幸福感など、いいなぁと思う。

著者の香港の甘い豆腐同様、やや立ち止まっている人間が歩き始める小説で、小さな成長に共感し、とても気持ちのいい読後感がある。

設定としては、高卒後、行き所がなくて祖父のスタンドで働いている青年がアメリカ横断の旅をして成長する「進路はディキシーランド樋口修吉」に似ているが、アメリカ旅行などと言う大仕掛けやギャンブルのはったりなどはなく、ごく普通の日常から少しだけ進歩する主人公にとても好感が持てた。