本・花・鳥(ほん・か・どり)

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「晴れたらいいね」歌詞の不自然さについて考える

FMでかかっていて「晴れたらいいね/DREAMS COME TRUE」を久々に聞いた。以前からドリカムの歌詞には違和感を持っているが、久しぶりに聞いて、あぁやっぱりなぁという感じ。

歌詞を検索して部引用しようと思ったが、著作権がらみで大概のサイトはフラッシュで表示しコピーできないようにしている。著作権法でも一部引用は禁止されていないはずなんだが・・・。

で、引用(笑)。

山へ行こう 次の日曜 昔みたいに
  雨が降れば 川底に 沈む橋越えて
この二行の歌詞は一度意味が切れているのに、「昔みたいに〜沈む橋越えて」が一塊のメロディとして歌われていてのっけから不自然(笑)。どう聞いても「昔みたいに雨が降れば」と思えてしまう。  
 

  幼稚園 最後の日は 爪に赤いインクを
  こっそり塗った 私叱って泣かせたあなたにも
  肩が並んで 人並みには 恋だってしたよ

母親が子供を叱ったことを「私を泣かせたあなた」という言い回しもなんだかなぁ。友達親子の感がして、親への敬意が欠けているぞ(笑)。「人並みには」もリズムを整えるために無理やりはめこんだ感じ。
    
ドリカムの別の曲「すき」も二文字の中で複雑に音階が行き来する「す〜〜〜き〜〜〜〜〜」が苦手だった。。

80年代半ば頃から、日本のポップスは「曲先」で作られるようになり、歌詞はメロディに合わせて無理やり押し込まれるようになった。だからこそのこういう状況なのだろうが、それにしてももう少し日本語の音韻構造を重視してほしいものだ。

北原白秋作詞の「からたちの花」のメロディ(山田耕筰作曲)は完璧に日本語イントネーションに則して作られているという。頭の中で歌ってみれば確かにそんな感じだ。ここまで厳密にとは思わないが、消費されるポピュラー音楽といえども日本の詩歌の伝統に連なっているはずで、言葉の美しさというものを無視してはいかんぞと思うのである。でも、こういう楽曲が売れているんだから気にしない人間の方が多そうだ。

関係ないが、森麻季の歌唱力はやっぱり卓越しているなぁ。