本・花・鳥(ほん・か・どり)

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ぼくとペダルと始まりの旅/ロン・マクラーティ

でぶでぶの自堕落中年男が子供の頃の愛用自転車で走り出す「奇跡の自転車」が改題され、新潮文庫に入ったので再掲。


ロード・アイランド州イースト・プロビデンスに暮らすスミシー・エイド(43才・126kg)は、昼は単純作業に従事し、夜はビールとジャンクフードとテレビで過ごす無気力な中年男である。

週末に別荘地で一緒に過ごした両親が事故死、スミシーが家に戻って荷物の整理を始めると、昔に失踪した姉の死亡届が届いていた。

己の中の声の命じるままに失踪や自傷行為を繰り返した美しい姉ベサニーの思い出と共に、かつて「走る子」と言われ、自転車が好きだった己を思い出し、スミシーは酔った勢いで、姉の遺体が保存されているロス・アンジェルス目指して子供の頃の愛車(ラレー)で走り出す。

そして、無計画な旅に出てさまざまな人と出会うと同時に、美しい姉に振り回され、それでも幸福だった家庭や少年時代を回想する。隣家の4才年下の女の子ノーマはスミシーが好きでまとわりつくが、ティーンエージャーの男の子にはただ鬱陶しくて邪険にしたこと。ノーマが事故に遭って障害者になってからきちんと話せなくなり、三十年ぶりにまともな会話をしたことなど。

スミシーとノーマの交流が再開し、センチメンタルで心暖まる描写があるかと思うと、旅の途上、各地でホームレスと間違われて警官にぶちのめされたり、幼児虐待と間違われて撃たれたり(当たらず)、とんでもないトラブルにも巻き込まれたりする。 かつて、不良のボーイフレンドに性的な行為を迫られると、ボーイフレンドを車のトランクに閉じこめて暴走するなどしたベサニーの奇矯な振る舞いと合わせ、この物語には滑稽な悲劇性がある。

これがもっと過激でグロテスクでドタバタになればジョン・アービングだろうが、あそこまで自虐的ではない。自転車で走る過程でぜい肉と共に余計なものをそぎ落とし、ひとりの男として再生する素敵な中年小説なのだ。

この本が世に出たいきさつも面白い。役者でもあるらしい著者が、本にならなかった原稿を自演のオーディオブックとして出版したものを、交通事故で静養中だったスティーブン・キングが聴いて絶賛し、読者を煽ってベストセラーにしてしまったそうだ。そしてついに書籍化されたと言うことで、この過程も何やらドラマティックである。



スミシーの愛車ラレーブランドはイギリスの自転車メーカーだが、日本では新家工業がライセンスを取得して日本製ラレーを製造している。ロードバイクにしてもオーソドックスなスタイルのものが多く、ロードマンにあこがれた世代としてはなかなかに心惹かれるものがあるが、なかんずく、 ツーリングモデルCLUB SPECIALのレトロさったらかっこよすぎ!(笑)
http://www.raleigh.jp/catalog10/30_CLS/index.htm