本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

じんかん/今村翔吾

大悪人のように言われてきた松永久秀の生涯を描いた歴史小説。タイトルは、信長が得意とした能「敦盛」の出だし、「人間五十年 下天のうちにくらぶれば ゆめまぼろしのごとくなり」から。「にんげん」ではなく「じんかん」と読み、この世の中というくらいの意味合いらしい。


小商人の子として穏やかに暮らしていた九兵衞と甚助の兄弟は、村に入り込んできた野武士に親を殺され、悲惨な育ちかたをした後に、子供らだけで組織された野盗一味に加わる。しかし、その一味も仲間の裏切りで散り散りになり、弟と日夏という少女だけが残されて、ボロボロになりながら逃げ込んだ寺で安息の日々を得る(日夏のエピソードが後に生きてきて切ない)。


悲惨な育ちかたをしてきた九兵衞は神も仏も信じないが、寺のパトロンである三好元長の「侍をこの世から駆逐して民が主役の世を作りたい」という思想に感銘を受け、臣従。ここからやがて武士として大きくなっていくさまを描いている。


物語は、織田信長が側近に久秀の生涯を語るという体で進行する。何度か信長に従っては謀反を起こしてきた久秀は、主君を弑し、将軍足利義輝を弑し、東大寺を焼いた大悪人のように言われているが、それにはすべて理由があり、むしろ高潔な人物として描かれているのが新機軸。三好家の股肱となってからは、内訌に足を引っ張られ苦難の日々が続いており、成長期のようなカタルシスがないのが残念だが、何と言うか面白い人物だなぁと言う感。昨今は松永久秀の評価も違ってきているそうで、そういうあたりを取り込んでいるのかも知れない。


作者の「童の神」もそうであったが、リベラルなヒューマニズムが読んでいて心地いい。 
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じんかん

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