本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

時代・歴史小説

運び屋円十郎/三本雅彦

幕末に世の中が騒然とし始めた頃を舞台にした連作時代小説。 主人公の円十郎は父仕込みの躰術に秀で、表向きにはできないような物資の運びを依頼される運び屋をしている。その中で遭遇する様々な出来事を描く。 躰術の名人ということで、敵方(荷を奪おうと…

木挽町のあだ討ち/永井紗耶子

直木賞受賞作の時代小説である。 芝居町の木挽町で行われた仇討ちは、降りしきる雪の中、見目麗しい赤い振袖姿の若侍が仇の無頼者を見事討ち果たしたもので、まさに芝居の一幕のような、効果的な幕開きである。 後日、見事に本懐を遂げた若侍の知り人が、若…

日蓮/佐藤賢一

西洋史を舞台にした歴史小説がメインと思われる佐藤賢一は、「新徴組」「女信長」など日本史を舞台にしたものも書いているが、日蓮を主人公にして書いていたとは知らなかった。 全寮制の公立高校をドロップアウトして拾ってもらったのが日蓮宗系列のお気楽三…

早雲立志伝/海道龍一朗

北条早雲と呼ばれるようになる前、伊勢新九郎盛時が伊豆・相模を切り従えるようになるまでを描いた歴史小説。伊勢新九郎の出自についてはかつては西国から流れてきた浪人という説が多かったが、昨今では足利幕府の申次衆ということになっているらしい。 新九…

地図と拳/小川哲

日露戦争から第二次世界大戦後まで、満州における架空の街、仙桃城を舞台に長いスパンで描いた歴史空想小説。 日露戦争での薄氷の勝利により満州を手にした日本帝国。日本の傀儡国家に街を作ろうとするが、満鉄、関東軍、憲兵隊、抗日運動、八路軍、軍閥、経…

貸本屋おせん/高瀬乃一

回りの貸本屋としてたくましく生きるおせんを主人公とする連作時代小説。 おせんの父親は腕利きの彫り師(本の原版となる版木を掘る職人)だったが、本がお上の目に止まり、版木は削られ指を折られる。失意のうちに母は出奔、父は自死することに。 そしてや…

幸村を討て/今村翔吾

大阪夏の陣で徳川家康の首を取る目前まで迫りながら仕損じた真田幸村。その行動に不審を覚えた家康は、織田有楽斎、伊達政宗、後藤又兵衛、南条元忠、毛利勝永など、幸村と何らかの事情があった面々を洗い出し、真相に迫ろうとする。大阪城内で幸村と接触し…

孔丘/宮城谷昌光

儒教の祖である孔子の評伝小説。 宮城谷作品と言えば、高潔で剛胆で知謀の好漢が信頼できる仲間や部下を得て大望を果たすというパターンで、どれも似たり寄ったりと言えば言えるのだが、独特の美文で語られるのが気持ち良く、つい何冊も読んでしまっている。…

熱源/川越宗一

歴史や政治に翻弄されながらもたくましく生きる樺太アイヌを描いた歴史大作。直木賞受賞作。 日本からロシアへの樺太の割譲で北海道に移住した樺太アイヌは、和人に差別されつつ新たな天地での生活を試みるが、疫病で集落が破綻。元の樺太へ戻ることに。 ま…

悪玉伝/朝井まかて

大坂の商人、木津屋吉兵衞の意地を描いた時代小説。 吉兵衞は実家から養子に出され、木津屋を継いでいるが、学問好きの道楽者で、木津屋の財産をすり減らしている。実家の兄が急逝し、駆け付けてみると、頼りない養子(実家は兵庫の豪商、唐金屋)に取り入る…

塞王の楯/今村翔吾

石垣積みの匠集団、穴太衆の石垣が城を守りきるか、鉄砲鍛冶の国友衆の作る兵器が城を破るか、近江の大津城を舞台に石垣と火器の攻防を描いた歴史小説。 信長によって朝倉家の一乗谷を滅ぼされた主人公、飛田匡介は親や妹とはぐれ、一人でさまよっていたとこ…

星落ちて、なお/澤田瞳子

奇想の浮世絵師、河鍋暁斎の娘とよの生涯を描いた時代小説。直木賞受賞作。 幼い頃から父に手ほどきを受けていたとよはそれなりの画才を発揮しているが、自分では父や異母兄に到底及ばないという劣等感を持ち続けている。 父の死後、不仲の兄と競うように画…

黒牢城/米澤穂信

信長に謀反した摂津有岡城主、荒木村重と、村重に幽閉されている黒田官兵衛の二人を主人公にした時代推理小説である。 ここでの荒木村重は剛胆で冷徹で知謀もある武将。毛利や本願寺と手を組むことで信長に叛いている。村重は信長側の使者として訪れた黒田官…

鬼憑き十兵衛/大塚已愛

文庫化にて再掲、と言う名のリサイクル。 何とも血なまぐさい時代ホラーだが、妙にカタルシスのある快作。耽美的な文体が一昔前の時代小説を思わせる。 山人と里人の間に生まれた十兵衛は、親を知らないまま山人のなかで育つが、長じて里に出ると、熊本藩剣…

最終飛行/佐藤賢一

ナチスに侵攻されたフランスのために戦い続けたサン・テグジュペリを描く小説である。 作家としてすでに名を成していたサン・テグジュペリは、祖国がナチスに占領され、講和したヴィシー政権(対独協力派)にも失望し、アメリカに渡り、アメリカに参戦するよ…

泣き娘/小島環

武則天が納める唐の時代、神都一の哭女(雇われて葬儀に列し、大げさに泣いてみせる職業の女)の異名を取る泪飛を主人公に、数々の謎解きを絡めた言わば中国時代ミステリー。 泪飛は実は女装の燕飛という少年で、早くに両親を失い、幼い弟妹を養うために哭女…

つまをめとらば/青山文平

数年前の直木賞受賞作。何となく旧態依然とした時代小説ではなかろうかと思って今まで読む気にならなかったが、どうしてどうして達意の時代物であった。 武家を中心としてユーモアや人情を絡めた構成は山本周五郎を彷彿とさせるが、周五郎が武家の苦衷や軋轢…

心淋し川(うらさびしがわ)/西條奈加

台地の下を流れるどぶ川の両脇に立つ長屋(心町(うらまち)を舞台に、庶民の哀歓を描いた連作時代小説。直木賞受賞作。連作とは言っても個々の短編の登場人物にはほとんど関連がなく、差配の茂十という中年男のみが全編に登場する。特に印象に残ったのは以…

呉漢/宮城谷昌光

各地に群雄割拠する中、勢力範囲で善政を布く劉秀に臣従し、武将として後漢王朝の成立に寄与した呉漢の生涯を描く中国史小説。 器量の大きな主人公が、信頼できる仲間や部下を見出して波瀾万丈の活躍をし、出世したり大業を為したりという、いつもの宮城谷作…

女だてら/諸田玲子

秋月黒田藩の儒者、原古処の娘みちが、女だてらに活躍する痛快時代小説。 秋月黒田藩は本家である福岡黒田藩に首根っこを押さえられ、本家派の佞臣たちに藩を牛耳られている。本家からの独立の気概を持った嗣子は不審な死を遂げ、江戸に滞在する藩主は安否不…

じんかん/今村翔吾

大悪人のように言われてきた松永久秀の生涯を描いた歴史小説。タイトルは、信長が得意とした能「敦盛」の出だし、「人間五十年 下天のうちにくらぶれば ゆめまぼろしのごとくなり」から。「にんげん」ではなく「じんかん」と読み、この世の中というくらいの…

銀の猫/朝井まかて

口入れ屋(今で言えば派遣業と職業紹介を兼ねたようなものか)から派遣され、商家や武家で介抱(病人や老人の介護)を行う介抱人を主人公とした時代小説。言わば江戸時代の訪問介護小説である。 主人公のお咲は、金にだらしない母親が婚家の舅に無心したため…

藪医 ふらここ堂/朝井まかて

小児医のふらここ堂を舞台に、一人娘おゆんの様々な哀歓を描いた時代小説。 おゆんは母がおらず、父の営むふらここ堂を手伝っている19の娘で、てきぱきとしているが引っ込み思案。幼なじみの次郎助(お調子者だが生一本)が小児医見習いとして住み込んでいる…

一ヶ月前の植物とか司馬遼太郎とか

カリガネソウ シュウカイドウ ホトトギス ヒガンバナ 司馬遼太郎は好きでも嫌いでもない作家だが、娯楽に徹した初期の作品は割と好きだ(一番好きなのは土方歳三を描いた「萌えよ剣」)。。で、一応名作ということになっている「坂の上の雲」を読み始めたの…

冬天の昴/あさのあつこ

冷酷で虚無的でサディスティックな奉行所同心、木暮信次郎が事件の真相に迫る時代小説シリーズの第五弾。 若い見習い同心が女郎と無理心中するという事件が起こる。木暮は現場に違和感を抱き、そして独自に探索を始めるが、協力を求めたのが小間物屋の遠野屋…

料理通異聞/松井今朝子

現代にも残る江戸時代以来の料亭「八百善」の初代、善四郎を主人公にした連作時代小説。 母親が身ごもったまま料理屋「福田屋」の妻女となったらしく、善四郎には実の父と育ての父がいるが、育ての父を本当の父と思い、料理屋の息子として育っていた。当時の…

信長の原理/垣根涼介

信長の生涯を、彼が追い求めた原理に基づいて描いた歴史小説。 信長の描写自体は目新しいものではない。子供の頃から短気で狷介で非常識な振る舞いを続ける性格は、家中でも嫡男としてふさわしくないと眉をひそめられているが、目のある家臣は信長の独創性に…

遺訓/佐藤賢一

著者の「新徴組」の続編に当たるような作品で、明治維新後の旧庄内藩と西郷隆盛の関わりを描いている。 suijun-hibisukusu.hatenablog.com 奥羽越列藩同盟で唯一不敗のまま降伏した旧庄内藩は、敗戦後に温情をもって処遇した西郷隆盛を崇敬しており、薩摩と…

ちゃんちゃら/朝井まかて

植木屋の徒弟、ちゃらの活躍を描く園芸時代活劇とでも言うべきか。 浮浪児であったちゃらは、かっぱらいの現場で植木屋の辰蔵に拾われ、見習いとなる。やんちゃで向こうっ気の強いちゃらだったが、親方の指導に従って腕を上げていった。 辰蔵を始め、お人好…

先生のお庭番/朝井まかて

タイトルから隠密でも出てくるのかと思っていたが、しぼると先生(シーボルト)の薬草園の園丁を任された熊吉を主人公に、熊吉の幸せだった日々をシーボルト事件にからめて描いた、言わば園芸時代小説である。 植木商、京屋の見習い小僧であった熊吉は、皆が…