本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

さわり/佐宮圭

武満徹の有名な作品「ノヴェンバー・ステップス」の琵琶を担当した伝説の琵琶奏者、鶴田錦史の評伝である。


鶴田錦史に関しては、以前に旅番組か何かで目にしたことがあるのだが、琵琶奏者であり実業家であり、男装で通した風変わりな女性であるらしいことが語られ、どういう人物か興味を持ったところ、本書のことを知った。


なんと言うか、異形の人というべきだろうか。幼い頃から歌に秀でており、そこに目を付けた兄から琵琶学習を強要され、虐待まがいの稽古の末、子供のうちから弟子を取るようになって一家の生計を支えたということである。因みに、琵琶歌は大正末から昭和初期にかけて大衆芸能として大変に人気があった由。琵琶に関しては、平家物語の時に琵琶法師によって演奏された、くらいの知識しかなかったが、日露戦争に材を取ったような軍記物も語られたらしい。


天才少女として一世を風靡した後、結婚しても出産するも破綻、以後、女であることを捨て、生涯を男として生きたという。また、琵琶界を離れた後は水商売で成功した実業家でもあったとか、とにかく波瀾万丈の人生である。


中年になってから琵琶界に復帰、武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」に尺八奏者の横山勝也と共に起用されるが、単に奏者として起用されたのではなく、作曲の時点から関わっていて、三人で作り上げた作品とのことだ。


ラジオで流れ始めた歌謡曲人気に押されて琵琶の流行が下火になり、このままでは衰退すると、新しいやり方を模索していて、旧弊な琵琶奏者からは邪道呼ばわりされたらしいが、これに関しては大衆芸能の研究家でもあった小沢昭一の名言「正統から抜け出た者が新たな正統になる」を思い起こす。芸事の世界ってそういうものなのだろうな。


鶴田錦史という題材が面白すぎるので実に興味深い書物であったが、ドキュメンタリーとしては著者独自の視点に欠けたような憾みもある。しかし、芸能史として興味深い本であった。

さわり: 天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生

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