本・花・鳥(ほん・か・どり)

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野武士、西へ 二年間の散歩/久住昌之

文庫化にて使い回し再掲(2月に掲載したばかりですが・・・)。


散歩を大いに好む著者だが、テレビ番組やらガイドブック花盛りの散歩ブームが気に入らぬ。散歩とは無目的にほっつき歩くことではないかという訳だ。そして、下調べせず、地図もガイドも持たず、ひたすら大阪を目指して歩いてみたらどうだろと著者の中の「オレ」が思いつくと、「行けたところから電車で帰ってくればよし」「大人だから新幹線を使ってもよし」「大人だからビール飲んで温泉につかってもよし」と、著者の中の「私」や「ぼく」も賛成し、二年に亘る東海道歩きが始まるのだった。

基本的にはユーモラスな散歩記録であり、体言止めや助詞を省略したような心の声が「孤独のグルメ」の井之頭五郎そっくりで、さすが原作者だと思うのである。松重豊の声を思い浮かべながら読めのも楽しいかも(笑)。

地図を持たないので当然迷子にもなる。自分の地元も通っているが、藤沢駅で降りて境川を渡っているので、オイオイ反対じゃないかと思っていたら大船観音の前に出てしまっている(笑)。見知らぬ町で迷子になる恐怖感もなかなかにリアル。この年齢になると迷子になるという経験をすることもなく(昨今はカーナビが迷子にならせてくれぬ)、新鮮だ。夕暮れの無線チャイムについほろりとなる著者だが、コミカルな文章にこういう抒情が漂うのもよろしい。

静岡を出たあたりから道が複雑になり、さすがに下調べなしというのは無理になってきたようだが、こけつまろびつしながらの贅沢な散歩記録は文句なしに楽しい。面白切ない旅本であった。

余談だが、「二年間の散歩」という副題は「十五少年漂流記」の原題「二年間の休暇」を意識したものだろうか。