本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

聖夜/佐藤多佳子 

教室と音楽がテーマの第二音楽室に連なるシリーズ。登場人物等につながりはない。
 
本作の主人公・鳴海一哉は狷介でへそ曲がりの高校三年である。善良な魂と絶対的な信仰を持つ牧師が父親であり、ミッションスクールで聖書研究会とオルガン部に所属して宗教行事ではオルガンを弾くが、本人は神を信じていない。オルガンを弾き、美しく優しかった母が不倫の果てに家庭を捨てて以来、心を閉ざし、恋愛にも興味を持たず(美少女の下級生に告白されても心が動かない)ひねくれて生きているのだ。しかし音楽に対してだけは真摯な心を持っていて、技巧的に優れているわけではないが誠実な音を紡ぎだす下級生のオルガンに惹かれていたりする。

オルガン部の活動として演奏会が催されることになり、一哉はメシアンの難曲を選ぶ。母の思い出につながる曲であり、葛藤と楽譜に対する格闘の日々が続くが、その過程で少しずつ一哉に変化の訪れるのが本書の読みどころ。よそよそしい関係になっている父親と本音で語り合う場面が胸を打つ。

演奏後、神について考えた一哉の独白

「でも、何かを信じているのだろうか。
大いなる存在を。創造主を。救いを。
いや、美しい音を、ただ、それだけを信じている。
それを生み出す人々を。」

音楽を愛好する人なら誰でも激しく同意するのではないだろうかと思われるこの台詞こそ本作の真骨頂だ。