本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

東京するめクラブ 地球のはぐれ方/村上春樹・吉本由美・都築響一

名古屋、熱海、ハワイ、江ノ島、サハリン、清里と言った土地を、おそらく旅の達人と思われる面々が、通俗、流行遅れ、キッチュ、昭和の香り、異界性」などをテーマに観光(敢行?)したディープな旅の記録である。

独特のご当地グルメ、完全自主制作CMの美宝堂のきらびやかさ加減(読了した頃に経営破綻した由)、結婚菓子、開店祝の花は開店と同時に持って行っても良いというローカルルールなどが興味深い名古屋、廃墟と秘宝館の怪しい雰囲気ただよう熱海、ゆるゆるな通俗さを楽しむべきだとするホノルル、雨が降れば参道の店が閉まり、ナイトライフの楽しみのない江ノ島の余生感(ただし猫好きにはパラダイスであるともしている)、開発ラッシュと荒廃した雰囲気の同居するサハリン、メルヘンチックなリゾートして一世を風靡した後の廃墟感を期待して行ったら意外と犬連れファミリー向けのリゾートして賑わっていた清里などを面白おかしく綴っていて飽きさせないが、「僕ら上質で優雅で贅沢な旅も散々してきたから、こんな通俗なものも面白いんだ」的な横柄感が所々に顔を出すのがちょっと鼻に付くかも(笑)。

都築響一による後書きが納得出来るので長めだけれど引用する。

「普通の人はそんなことないんだろうけれど、僕は大自然というのにあまり興味がわかなくて、ものすごく雄大な風景に接しても五分くらいで飽きてしまう。それより得体の知れない町の、路地裏をおそるおそる歩いてみたりするほうが、ずっと楽しい。
 そういう僕にインタビューする人がたまにいるのだが、いちばんよく受ける質問のひとつが「いまどこがおもしろいですか?」というやつだ。はっきり言って、こういうことを聞かれた時点で、「つまんないやつだな、こいつは」と思ってしまう。どこかへ行っておもしろがるというのは、その場に身を置けば、なにかがやってきてくれるというような受動的行為ではなくて、どうやってここをおもしろがろうかとみずから動きまわる、能動的な行為なのだ。
 つまんなく見える町を、なんとかおもしろがろうとする努力。つまらなく見える人生を、なんとかおもしろがろうとする努力。このふたつには、たぶんほとんどちがいがない。この本をまともなガイドブックだと思う読者はいないだろうが、村上隊長以下三人の中年トリオが、ときには爆笑、ときには憮然としながら日本と世界の片隅を延々うろついたのは、なにも熱海や江の島を「次の夏休みにはぜひ」とお勧めするためなのではなくて、「幸せの敷居を低くするのが、人生をハッピーに生きるコツなのかも」と提案してみたかっただけだということを、薄々でも感じてくれたら、すごくうれしい。」

自分は都築響一と違って自然の景色が好きだが、一枚写真を撮ったらもう満足して、一箇所に長居しておれず、旅先で時間を持て余してしまうことが多くあるので、この文章の冒頭にはちょっと共感する(内容には大いに共感する)。

本書に登場する江の島は、地元に近いのである程度土地勘がある。本書の中でも、小学生の遠足とかジジババの安楽な観光地だと思っていた江ノ島が、実はかなり荒々しい自然の信仰の島であり、恋愛成就の若人が多く訪れていることに驚いているが、これもよく分かる。数年前、かなり久しぶりに訪れてみてこのことを実感し、以来、面白くて数カ月に一度くらいは訪ねてみているのだ。

本書では、余生感漂う江ノ島を、おしゃれでファッショナブルなカフェとかはあまり考えられず、このまま何となく安らいだ感じで続くのだろう、という風にまとめている。7〜8年前の探訪記なので当時とは変わっている部分があるかもしれないと断り書きをしているが、江ノ島に関していうと現在は生しらす丼ブームがある。頂上にはフレンチトーストが売り物のロンカフェがあるし、もしやおしゃれな波が来ているのかも、なんて思うのであった(笑)。

一年になんども海外へ出かける人を見ているとなんて行動的なんだろうと感心し、自分は出不精で基本的に旅好きじゃないんだろうなぁと実感するのだが、旅の本はやっぱり読んでいて楽しいものだ。