本・花・鳥(ほん・か・どり)

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戊辰算学戦記/金重明(キムチョンミョン)

将軍慶喜大政奉還した後、越後に脱走して抵抗を続ける幕府の軍学者結城勘兵衛と片田舎の算士との交流と、戊辰戦争の局地的な戦闘を描いた算学小説である。

勘兵衛は幕府顧問であったフランス軍人から西洋数学の指導を受け、暇なときには常に公式や定理について考えているような人間で、転戦先の猿渡村の神社に掲げられた算額を見て驚嘆し、算士智香(ちこう)と知り合うと、智香及びその孫娘はる、そして勘兵衛は、西洋数学に和算の考え方を加味して導き出された理論の発展に夢中になる。智香は遊歴算士の挑戦をことごとく退けてきたつわものであり、片田舎に算学に秀でた農民がいるという設定がいかにも江戸期らしい感じがする。

ただ、軍学者勘兵衛の戦いと算学理論の研究の間に関わりが見られず、勘兵衛の役割は智香とはるに西洋数学理論を伝えるのみだったのか、という感じもする。数学者勘兵衛としての活躍が読みたかったと思うし、どうもちぐはぐ感は否めない。

なお、著者の朝日新人文学賞作「算学武芸帳」は、算士同士の戦いを主軸にして大変に面白い時代小説だった。