本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

算学奇人伝/永井義男

主人公の吉井長七は千住の大手青物問屋万徳屋の長男だったが、子供の頃より数字に興味を持ち、長じては算学に関心を抱きすぎて家督を弟に譲り、実家よりの援助で算学三昧の悠々自適の日々を送っている。そこに持ち込まれるトラブルを算学を用いて解決するという数学時代小説である。

家僕が、絶対に得をするはずだという博打にハマっているのを知り、確率を悪用していて絶対に勝てないことを喝破したり、千住の知り合いから算額がらみの謎解きを依頼されたり、題材や筋立てとしてはなかなか面白いのだが、運びがあっさりしていて、数学的トリックを詳述している割りにあまり説得力が感じられない。

算額の問題に対し、中学の数学で習うような未知数と方程式を使った解を見せられてもしらけるだけだ。先の博打は、こちらも数学的トリックを利用して相手を打ち負かしているが、これもよく分からず何だかなぁの感。何か、トリックや状況を長々しく言葉で説明するミステリーの解決篇を読んでいるような感じだろうか。ミステリーには論理的でなおかつ明快でシンプルな解決が望ましいのだ。

和算関孝和が有名だが、江戸時代の庶民は数学好きであったらしい。元々は土木や建築や暦などに必要な実学だったのだろうし、土地改良などに数学的知識が必要で農民が算学に馴染んでいたとも聞く。しかしこの時代、算学者は理論を遊ぶ芸の人となっており、各地を遊歴して愛好者にもてなされる、いわば俳諧宗匠のような立場でもあったようだ。各地の自社に算額を掲げ、難問の出し合いなどをしていたらしい。まぁ、こういう数学好きの部分で、江戸期のからくり人形や、伊能忠敬の日本測量とかの偉業があり、技術立国へとつながっていったのだろうなぁ。