本・花・鳥(ほん・か・どり)

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弥勒の月/あさのあつこ

「バッテリー」などで人気の児童文学の旗手あさのあつこ初の時代小説である。商家のおかみが掘り割りに身を投げて自殺した事件を、変わり者の同心が探っていくというミステリアスな趣。

木暮信次郎は伝法で冷酷で無神経な同心である。岡っ引きの伊佐治(ぐれた過去のある実直な初老男)は信次郎の父親の代からの付き合いで、信次郎とは肌が合わないものを感じているが、結構いいコンビのような気もする(笑)。

掘り割りに身投げした女性は、小間物問屋遠野屋の家付き娘りん。信次郎と伊佐治は、りんを引き取りに来た婿養子の落ち着きぶに胡乱なものを感じる。遠野屋も「単なる身投げではないはずだ」と探索を依頼しており、遠野屋とその周辺を探る主従である。

一癖ありげに見える遠野屋の過去には何があるのか?「弥勒の裳裾を握る」という遠野屋の思いが切ない。遠野屋の過去と伊佐治の過去をダブらせてなかなか上手い。事件の不気味な真相、信次郎も結構いい奴じゃないかと思わせるような描写など読みどころも多いが、耽美的で凄絶さを狙ったような文章はやや大げさかなとも思う(京極夏彦の模倣のような気もする)。

「パッチワーク・プラネット/アン・タイラー」を激賞していたメルマガで、文章が固くて漫画っぽく、事件の真相もありきたりだと恐ろしく酷評しているが、そこまで言うほど悪くもない。ミステリアスな時代小説で、人物描写も上手いと思うし、初の作品としてはそれなりの出来ではないか。これだから他人の感想はあてにならない(笑)。

それにしても、「鬼平犯科帳池波正太郎」、「髪結い伊三次/宇江佐真理」など、どうして時代小説の岡っ引きや密偵や下っぴきにはイサジが多いのだろう。それぞれが先達へ敬意を表しているのだろうかと思ったりする。