本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

木練柿/あさのあつこ 

弥勒の月」「夜叉桜」に続く著者の時代小説シリーズ三作目である。切れ者で冷酷で残虐でニヒルで、そのくせ妙な愛嬌のある町奉行所同心・木暮信次郎と、暗殺者だった暗い過去を持つ商人・遠野屋との、お互いを認めつつ嫌っているような、妙な交流が読みどころ。

信次郎にとって事件は退屈しのぎであり、死を招き寄せる遠野屋は換えがたい楽しみである。遠野屋の過去から伸びてきて、くもの巣のようにからみつくしがらみもスリリングだが、本作は、遠野屋周辺で起きるトラブルを、切れた頭脳で信次郎が裁くさまを重点に描いている連作集であり、過去のしがらみの方は持ち越しの感。

木暮信次郎付きの岡っ引き伊佐治もいい味を出すキャラクターだ。実直な初老男で、信次郎の冷酷な行動に対しては常に含むところがあるのだが、事件を追うスリルのとりこでもあり、だから結局信次郎から離れられずにいるのである(そのあたりを信次郎に見透かされている)。

本作の一篇「宵に咲く花」は、伊佐治の長男の嫁おけいの、子供の頃のおぞましい記憶に関わるサスペンスである。冷酷ではない代わりに暖かくもない継母に育てられたおけいだが、嫁ぎ先での姑との絆が泣かせる。人情は時代小説には大事な部分だし、その扱い方は上手いものだ。耽美的なとも言える様な過剰な情緒が雰囲気を盛り立てている。