本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

そろそろ旅に/松井今朝子 

十返舎一九の半生を描いた伝記小説。

十返舎一九は元々駿河町奉行所同心の嫡男だが、同心見習いとして出仕しているうちに、赴任してきた奉行である小田切土佐守に親しく接して慕うようになる。そして、土佐守が駿河を離れた後、家を異母弟に譲り、土佐守の後を追って大坂まで流れ、ついに家来になるのだった。

猥雑で活気のある大坂の町に馴染むうち、芝居小屋に足を踏み入れ、異界の者たちとも親しく付き合うようになると、商家の婿となって生活の安定を図り、浄瑠璃の台本書きなどにも手を出すようになる。しかし「ここではないどこかへ」の思いが常につきまとい、遊郭に入り浸りの後についに婚家を追い出されて、今度は江戸へ。

江戸では蔦屋重三郎山東京伝らとの付き合いが出来て戯作者への道へと踏み込んでいくが、思いは常に「どこかへ」であり、今度は質屋の婿となりながらも落ち着けない。本作は終始、一九の焦燥が主題であり、終盤にやっと救いがあるものの、「仲蔵狂乱」のようなエネルギーやパワーが感じられない。新聞連載作品であったせいか状況描写の繰り返しもあり、何だか最後まで乗り切れない大長編だった。