本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

銀閣建立/岩井三四二 

中世庶民の哀歓(時には苦衷)を主なモチーフとする小説が得意な著者が手がけたのは、銀閣寺建立に携わった番匠の物語である。

足利義政の隠居所を東山に造営することになり、公方御大工職の一家の嫡男・三郎右衛門は、久々の大仕事に腕が振るえると張り切っているが、幕府の権威は落ちているのに権力意識だけは強く、手続きの齟齬や材木の運搬から苦労することになる。

更には山荘造営のための税や人夫を無理矢理徴収したため、世間には怨嗟の声が満ちている。そういう不穏な社会情勢の中、権力者の身勝手さを充分に意識しながら、なお職人として建造物を後世に残したい三郎右衛門の意識が面白い。

上様は独特の美意識で我が儘な注文を付けてくるが、これに反発しながら、ある部分では美を鑑賞しうる者同士の共感があったりするのである。

三郎右衛門は、上様が何故墓地を整地してまで隠居所を作りたいのか不審に思っているが、ふとしたことから謎が解けて納得する。そうして少しだけ上様を蔑む。

「三郎右衛門は、じっと自分の手を見た。ごつごつと節くれだち、指は芋虫のように太い。爪も大きく厚く、ところどころ黒く色変わりしている。お世辞にも美しいとは言えない。だか、ここに極楽浄土はあるのだと言いたかった。仕事をする自分の手の内にあるのだと。」

この一節にすべてが込められている小説だと思う。