本・花・鳥(ほん・か・どり)

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水滸伝/北方謙三 

以前に平凡社の東洋文学全集版の水滸伝を読んだことがあるが、北方版水滸伝は底本を大幅に読み替え、反体制勢力の組織的な戦いと挫折を描いている。全19巻を昨年末にやっと読了(ぜいぜい)。

東洋文学全集版では、梁山泊に集まった豪傑たちの活躍はそこそこ痛快だったが、結局は敗北で終わる結末だったし、花和尚・魯智深や九紋龍・史進などの描き方もただ単純に豪快なだけだったように思う。

が、北方版は、それぞれが心に傷を持っていたり、折れていたり、捻れていたりする男たちが理想を掲げて戦いに臨んでいく、切ない物語である。このあたりはハードボイルドで培った心理描写なのだろう。そして戦い方も軍事的である。

腐敗した国を正すために集う反逆者の描き方は、革命を夢見た学生運動と明らかにダブらせている。一統が立ち上がる以前の梁山湖に籠もる叛徒・王倫は、正義を口にしながらそれ以上にはなれないでいるが、これは未だに活動を続ける過激派の比喩かとも思える。王倫の情報収集役である朱貴は、そんな己に忸怩たるものを覚えながら理想を持ち続けているが、まさに団塊世代の代弁ではないだろうか。

以下、印象に残った好漢を何人か。

禁軍の武術師範・王進は、禁軍改革を上申して高きゅう(きゅうの字が出ない(汗))ら上層部にうるさがられているが、粛正の手が迫っていることを豹子頭・林冲に教えられ逃亡する。革命運動には共鳴している王進だが、己の了見の狭さを知っており、武術にしか興味を持てないことを覚っているのだ。彼自身は武芸の求道者でしかありえないのだが、隠棲の地で、梁山泊から送られてくる捻れた者たちの教育者として助力することになる。

林冲も高きゅうにはめられ、陵辱された妻を自死させたことで牢内で苦悶するが、このあたりの葛藤がいかにもハードボイルドだ。後に送られた牢で、梁山泊のために変わり者の医師を伴って脱獄してくるが、この安道全という凄腕の医師も怪人物である。病人を診ていられれば満足という変わり者で、それが牢内であろうと構わないのである。これをスカウトしてくるのが林冲の任務だったが、妙な男なりに友情を知り、雪中の逃走劇となる。

花和尚魯智深というのも大変に興味深い人物である。原典では暴れ者の生臭坊主という印象しかないが、本作では、豪傑でありながらひとの気持ちが分かる繊細な人間として描かれている。梁山泊本体には加わらず、各地を放浪しながらこれと目を付けた好漢たちをスカウトしているのは、いわゆる「オルグる」というやつだろうか。
女真族の地で幽閉された魯智深は、彼を慕う山塞の頭目の活躍で無事脱出するが、負傷し化膿した腕を切り落とすことになる。そして魯智深の名を捨て、魯達となって再び暗躍するのだが、汚れ役も引き受け、優しさも強さもしたたかさも併せ持つ、非常に魅力的なキャラクターに描かれている。

原典にはなかったらしい青蓮寺という組織が登場する。袁明が支配する諜報・特殊工作集団で、袁明自身は腐敗とは無縁の人物だが、帝を中心としたこの国の体制を維持したいと考え、叛乱の芽を潰そうとしているのである。学生運動における公安警察・機動隊であろう。軍を腐敗させておくのも、妙に清廉な将校がクーデターを起こさないようにという考えなのだ。この人物も深みがあって面白い。

そして一番のお気に入りは黒旋風李逵である。子供のようにまっすぐな心情の持ち主ながら板斧を使えば無敵の強さを誇り、純粋な凶暴さを持っている。母親をいたわりながら生きてきて、梁山泊一統と知り合ってからは、頭領である宋江を父のように慕っているし、魯智深は大兄貴なのであるが、頑是ない子供のような純真さが微笑ましい。

現在、楊令という少年が志を継ぐ「楊令伝」という続編が書かれているらしい。宋建国に功績のあった軍閥楊家の血を引く楊志に育てられた楊令は、二度の親の死を目前にしたせいで利発な少年ながらいささかいびつに育っている。楊令を心配した梁山泊の大人たちが王進に預けるのだが、王進のもとでのびのびと天凛を開花させた楊令は、武芸者としても武将としても卓越し、今後の活躍を予感させている。

それにしても、毎回ごとに主要な役回りを担う人物を登場させ、それぞれの見せ場を演出し、よく百数十人の登場人物を描けだものだと思う。大作だった・・・(はぁはぁ)。
 





「中国の大盗賊/高島俊男」という中国文学者によるエッセイを読んでいたのだが(中途で挫折(汗))、ここで言う盗賊とは単なる盗人ではなく、「官に逆らう武装集団」のことだそうだ。組織だって反体制活動を展開する梁山泊などまさに盗賊だが、北方版の梁山泊はいくつかの町を統治し、戦闘能力と共に行政能力を持っているあたりが単なる暴徒と異なるのだろう。中東のイスラム反政府組織などにも似たようなものを感じるのだが・・・。


ところで、「三国演義」「水滸伝」「西遊記」「金瓶梅」「紅楼夢」が中国五大長編小説だそうで、五作とも読破した人間はなかなかいないのではないかと最近の新聞で読んだ。

三国志/北方謙三」「水滸伝/北方謙三」「西遊記/平凡社東洋文学全集版」はやっと読破したので、残りは二作だが、ドロドロしていそうな「金瓶梅」は手が出しにくいし、「紅楼夢」に至っては内容すら知らない。やはり五作読破は大変そうだ・・・(笑)。