本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

桜花を見た/宇江佐真理 

 短編と言うには長く、中編と言うにはやや短い五篇の小説を収めた時代小説集。

出色は何と言っても表題作「桜花(さくら)を見た」である。太物問屋に勤める手代・英助は常磐津の師匠の母親に育てられたててなし子だが、母親が病で亡くなる直前、おまえの父親は今をときめく遠山金四郎景元だから、15才になったら名乗り出るよう、証拠の品と共に言い残す。

父親のことを知りながらも何となく勇気が出ず、律儀に勤めていた英助だが、主の出戻りの娘・お久美との縁談が持ち上がり、勝ち気でしっかり者のお久美が何とかしてやろうと・・・。何とも暖かく切なく、また悲しい一編である。

「別れ雲」「酔ひもせず」は浮世絵師を題材にしたもの。「酔ひもせず」は葛飾北斎の娘・お栄と、北斎の弟子達との心の行く立てを描いている。参考文献として「百日紅杉浦日向子)」が上がっているが、要するにキャラクターを流用した二次創作だろうか(笑)。

夷酋列像」「シクシピリカ」函館出身の作者らしく、松前藩に材を取っていて、「憂き世店」と重なるような作品である。

このところの何作かの長編がさほど面白くなかった宇江佐真理だが、やはり短編の名手だなぁと思わせる傑作集だった。