本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

深川にゃんにゃん横丁/宇江佐真理

新潮文庫の新刊に入ったので再掲いたします。




猫好きが多く住み、外猫として世話する人が多い喜兵衛店(きへえだな)にほど近い小路はにゃんにゃん横丁と呼ばれ、常時猫がたむろしている。その喜兵衛店の大家徳兵衛を中心に、にゃんにゃん横丁に暮らす人々の哀歓を描いた連作集。人情時代小説としてはよくある設定だが、猫の面白さを導入したことが新機軸だ。

話しかけられて「ごはん」「うまい」「いやなに」「何だかなぁ」などと答える(ように聞こえる)あたりが楽しいし、背中を丸めてうずくまる仕草を「香箱を作る」と表現するそうだが、これを表題に持ってきた一編など、隠居した大旦那の人生の悲哀が垣間見えて何とも味わい深い。

江戸時代の大家とは家主(所有者)ではなく、差配を任された管理人である。家賃を徴収し、店子の動静に目を配り(監視でもあり、思いやりでもある)、江戸の治安の一端を担っていたそうだが、だから落語のように、権力を笠に着た因業大家なども登場するのだろう。本編に登場する徳兵衛は、干鰯問屋(ほしかといや)を番頭で退いた隠居で、本人は楽隠居するつもりだったが、長屋の住人である幼なじみおふよに半ば脅かされるように無理矢理大家にされた好人物である。店子の人生に一喜一憂する適度なおせっかいで、徳兵衛の関わる長屋の些細な出来事がしみじみと感じられてくる。最終場面は少しだけ不気味で、なおかつ清々しい。

このところの宇江佐真理は何を書きたいのかよく分からなかったが、本編では本道に立ち返ったような感じだ(笑)。この人にはやはり市井ものが似合うと思う。