本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

紙の迷宮(上・下)/デイヴィッド・リス 

18世紀初頭のロンドンで、異教徒として蔑まれるユダヤ人の支配する金融をモチーフに、人々の様々な思惑が絡み合った時代ハードボイルドである。

元ボクサーで、盗賊捕獲人、盗品探し、その他もめ事解決を生業としているベンジャミン・ウィーヴァーは、ユダヤ人株屋の次男で、父親との不仲から家出している。

依頼人として尋ねてきた成り上がり富豪の馬鹿息子バルファが「自殺した父親の遺産がないのはおかしい。又、事故死したばかりのベンジャミンの父親もこれに関連しているはずで、二人の死は殺人に違いないから調べてくれ」と言い出して、父親の事故死に違和感を持ち調査に乗り出したベンジャミンだが、国王の廷臣でロンドンの経済界を牛耳るアデルマンが調査を止めるようやんわりと脅すわ、盗賊を束ねて上前をはねる裏社会の元締めが接触してくるわ、百鬼夜行のロンドンをのたうち回る調査活動になるのだった。

人権意識もコンプライアンスも情報公開もなく、強い者勝ちの投機に狂奔する姿は、昨今の世相の写し絵であろう。著者はこの時代の小説と金融の関わりを研究する学生だったということで、その知識が遺憾なく発揮されている。

銀行券や偽造債券と言った、資産的実態のない紙の価値(経済用語におけるいわゆる「信用」というものでしょう)に狂奔する人々を、ベンジャミンは冷ややかに眺めているが、ボクシングというリアリズムの世界で生きてきたベンジャミンらしい観点である。

経済や債券相場の知識の薄弱なベンジャミンだからこそ、この世界の薄っぺらさを描き出すことが出来るのかもしれない。そして、実態のない「紙」とは、「実際に現金が動くわけではなく、ネット上のクリック一つで莫大な価値(或いは損失)が生まれる現代経済のアナロジーなのだと思う。

特異な世界を舞台にして面白い作品ではあったが、様々な思惑が絡んで複雑な様相を呈している割りに真相へのたどり着き方がやや物足りないような気がする。闊達で頭も良く、裏の世界を知り尽くして危険を厭わないベンジャミンや、ベンジャミンの親友で放蕩者の外科医などの人物の描き方は面白いのだから、書き方次第でもっと良い作品になるのではないだろうか。