本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

線は、僕を描く/砥上裕將

水墨画をモチーフに、心を閉ざして生きる大学生が再生していく青春小説。


主人公の青山霜介は二年前に両親を事故で亡くしている。叔父に引き取られた後に大学に入り、残された資産で生活には困らないが、心の中にガラス張りの部屋を作り、のべつその中に閉じこもっている。


一応普通に大学生活を送っており、古前(こまえ)君という友人もいる。常にサングラスをして上昇志向と野心を隠さない古前君はいかにも胡散臭い学生だが、ちょっとしたお人好しさも隠れ見えたりする。


で、古前君が持ち込んだアルバイトの現場が水墨画展のためのパネル搬入という重労働で、他の学生が皆逃げ出す中、律儀にその場に残ったことで彼の運命が開けていく。水墨画についてはまるっきりの素人なのに妙に鑑賞眼のあるところを水墨画の巨匠篠田湖山に気に入られ、個人的に指導を受けることになるのだった。


これに噛みついたのが湖山の孫娘、千瑛(ちあき)で、激烈な美女として登場するが、実際は水墨画に熱心に取り組む、求道的な女性である。霜介を贔屓する祖父に反発し、一年後に自分と霜介の勝敗を決めるということになってしまい、霜介は一から水墨画を始めることになるのだった。


水墨画について精神的、哲学的な描写が続き、正直なところ美術の素人には今ひとつ理解出来ないところもあるが、それでも、その描写は興味深い。


霜介は湖山先生(芸事の師匠がユーモア溢れる好々爺って言うのわりとありがち)の指導を受けるうちに水墨画に目覚め、徐々に上達していく。一人称で語られるのですべて霜介の内面なのだが、心を閉ざしている割りに飄々としており、その辺がちょっと違和感なくもないが、湖山先生が霜介に目を付けた行く立てが切ない。


霜介の再生と水墨画の世界を描き、読ませる青春小説だった。