本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

池袋モンパルナス/宇佐美承

戦前、池袋の貸アトリエの集落に拠った、松本竣介靉光丸木位里・俊夫妻、寺田政明など、反骨精神に満ちた画家たちの青春を描いたノンフィクション。20年ほど前に出版された話題作で、読もう読もうと思いつつ未読で来たが、松本竣介の巡回展が行われるのを知って、あぁ読まなきゃとついに手に取った(笑)。

大正モダンや大正デモクラシーの気分が尾を引いていた昭和の初期、場末であり田園地帯でもあった池袋にアトリエ付きの貸住宅が建ち始めた。駅が出来たことにより、上野の美校へ通う学生や、画塾に通う若者たちに便利な環境となったのだ。そして、松本竣介靉光丸木位里・俊、寺田政明など、後に名を知られるようになる若き画家たちが集うことになる。治安維持法成立前の、まだ自由な気分の横溢していた時代であり、絵を描く以外に能のない無頼者たちは破天荒でバンカラで無軌道で、美の狂宴を繰り広げていた感がある。

本家パリのモンパルナスには、保守的なモンマルトルに対し新しい時代の芸術を模索する気概があり、池袋モンパルナスの若者たちもそこに憧れていたようである(ちなみに、モンマルトルとモンパルナス、上野と池袋は、高台と低地という感じでイメージが重なるらしい)。キュビズムシュルレアリスムアブストラクトと、従来の具象ではない斬新な手法を模索していた画家たちであり、そこには革命思想と通底するような過激なエネルギーが満ちていたと思われる。

日中戦争が始まると、時代が経るに連れて芸術統制の動きが強まり、前衛=革命的として特高警察の取締が強化される様になる。芸術などは無駄なものであり、具象的な戦争画で国に協力せよという圧力に対し、擬態と称してこれに従った古沢俊美のしたたかさとか、本当に国粋的な気分で戦争画を描き、戦後は批判されて地方に逼塞し、それでも評価の高い絵を描き続けた小川原脩など、戦争と画家たちの関わりを、著者は批判的にではなく淡々と事実を描いていて、重厚で読み応えがある。

池袋の隣の板橋に居住していたことがあるので本書に登場する地名にも土地勘がある。アトリエ村と言っても瀟洒な郊外ではなく、未整備の荒野に粗末な住宅が立ち並んでいたようであるが、片や駅前には猥雑な賑わいが生まれていて、副都心と猥雑な下町の顔を合わせ持つ現在の池袋とも通じているなぁ、なんて思う。

在野精神に満ちた若者たちが戦前の美術界でどう生きたかを克明に描いて大変に面白い作品だったが、長期に連載されたものらしく、恐ろしく内容が分厚い。読んでも読んでもページが進まず辟易した(笑)。



折良く板橋区立美術館にて「池袋モンパルナスの画家たち」展が開催、こんな絵描きたちです。
http://www.itabashiartmuseum.jp/art/schedule/e2011-06.html