本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

富士日記(上・中・下)/武田百合子

富士山麓鳴沢村に山荘を建てた武田泰淳一家の暮らしを百合子夫人が綴る日記文学。この人の本は前にも何冊か読んでおり、50年前に運転免許を取って夫を横に乗せていたのだからかなりの女傑であることは知っていたが、本書ではさらにその女傑っぷりが明らかになる(笑)。気が強く、理不尽な真似をされると怒り心頭に発し、助手席の夫と言い合いになると、罵詈雑言を浴びせながら暴走するという度外れぶりだ。

もちろんそれだけではなく、富士山麓での心豊かな生活ぶりや美しい自然、地元の人たちとの交流などがユーモラスな筆致で綴られているのは観察眼の鋭さであろう。高度成長期のこととて富士五湖周辺が俗化していく風俗なども興味深い。

体調不良の泰淳氏の世話を焼く甲斐甲斐しさも夫婦愛を感じさせるし、身辺雑記のような著述の中に面白さと痛快さと美しさが潜んでいる。巻が進んで行くに連れて徐々に泰淳氏が病を持つようになり、最終場面などは結構哀切だが、泰淳氏のユーモラスな人柄も漂って読ませる。

山に連れてきた飼い猫が無邪気な身振りで小動物を狩る場面などはゾクゾクするほどの冷徹な眼が感じられて、「冷たいユリコさんも素敵!」などと思ってしまうほど名文である。

買い物の値段なども細かに記されており、まぁ言わば生活の記録なのだが、達意の文章で綴られれば面白い随筆にもなるのである。ただし長いので読むのに苦労した。