本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

床屋さんへ ちょっと/山本幸久

実直で好人物のサラリーマンだった宍倉勲の人生を少しずつ遡りながら描いた連作小説である。

冒頭では七十才を過ぎている勲は、そろそろ自分の入る墓が気になっており、新たに出来た霊園の見学に出かけるのだが、付いてきた孫が霊園の係員をヒーローものに出てくる悪者と決めつけ、祖父を守るために必死で戦う場面が何ともおかしい。少しずつ若返る勲と娘の香との関係も、ほろ苦かったり微笑ましかったりで、読ませる。

勲には、父が作り上げた会社を倒産させてしまったという後悔が常について回っており、それが所々で苦いスパイスとして効いている。勲や香の人生は決して平坦ではないけれど、どこかにいいことも待っているという感じで、気持ちの良い読後感。

狂言回し的に様々な理髪店が登場するが、別に理髪店主体の小説ではない。ただ、昔のサラリーマンだったらちょっと身だしなみを整えるため、或いは気分転換のためにに頻繁に床屋さんへ行ったかもしれないなぁと思わせた。昨今の10分カットと違ってゆっくり落ち着ける場所だったのかもしれない。