本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

まほろ駅前多田便利軒/三浦しをん

言わずと知れたベストセラー兼直木賞受賞作。

直木賞受賞で話題になった当時、何となく「地方都市の便利屋が遭遇するトラブルを面白おかしく描いた人情話」という印象を受けた。それもある点では間違っていないが、登場人物たちが大きな闇を抱えていて苦悶するあたりがダークで魅力的だ。トラブルの解決と彼らの闇がリンクしているあたり、これはもうハードボイルドと呼んでもいいのではないだろうか。

東京都の一部が神奈川県に張り出し、ハコキュー電鉄が通り、都内なのに横浜中央交通(神奈川県民なら神奈中が思い浮かぶ(笑))が幅を利かせている地方都市まほろ市は町田市に他ならないだろう。町田市というとお行儀のいい、郊外のベッドタウンというイメージを持っていたが、ここに描かれているまほろ市は、歓楽街を抱え、薬物の売人やらジャンキーやらが徘徊するような猥雑な町である。

まほろ駅前で便利屋を開業するバツイチの多田は、仕事先でかつての同級生・行天と遭遇し、行天は多田のところに転がり込むことになる。高校時代、一度も物を言わず、発言したのは誤って小指を切断したときの「痛い」の一言だったという行天は、無邪気で残酷な善人と言った風で、実に魅力的なキャラクターだ。虐待された過去を持っているようで、人を痛めつけることにためらいを持たず、なおかつ優しい。

多田のほうは妻に不倫され、自分が子供の父親かどうか疑いを持ちながらも子供を愛そうとしていた矢先に死なれてしまい、離婚した過去を持つ。行天の事故にも責任を感じており、過去に苛まれながらも弱者に対して冷酷になれず、つい余計なおせっかいをしてしまうあたりがいかにもネオハードボイルド(泣き虫ハードボイルドとも言う)の主人公だ(笑)。

現代の抱える暗さなどをモチーフとしているあたりは「池袋ウェストゲートパークシリーズ」と似通うが、池袋のトラブルシューターマコトがあっけらかんと陽性なのに比べて、便利屋コンビの方が深みがある。関係ないがこのコンビには村上春樹の初期作品に登場する「ぼく」と「鼠」のイメージが重なった。

最終的に救済が待っているので、安心して読めると言えば言えるし、少し物足りなさかも感じたりするが、人情小説としてはこれくらいがちょうど良いのかもしれない。