本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

御家人斬九郎/柴田錬三郎

松平残九郎は、家柄は大給松平に連なる名家ながら無頼な貧乏御家人で、剣の腕が冴えているため、大名・大身旗本・豪商・豪農などが秘密裏に処分する罪人の介錯をかたてわざ(副業)としており、付いた渾名が斬九郎。この斬九郎の活躍を描く痛快な時代連作である。

秘密裏に持ち込まれる介錯依頼の裏を探ったり、同族であり親友でもある奉行所与力から非公式に事件の探索を頼まれたりと、トラブルシューターが活躍する連作時代ハードボイルドの印象を受ける。道楽者で無頼で腕はめっぽう強い斬九郎は、この手の物語の主人公として打って付けであろう。奉行所から非公式に持ち込まれた依頼において、適当に悪党のため込んだものをかすめ取ることを黙認されているが、このあたりは大藪春彦の痛快バイオレンス小ハイウェイハンターシリーズを思い起こさせた(ハイウェイハンターシリーズは、日本の各地が高速道路でつながり始めた高度成長期、地域の暴力組織などを壊滅するため、非合法活動が許可されている警察庁の秘密捜査官西城秀夫が活躍する活劇ものである)。

斬九郎には七十九歳になる母刀自がいるが、体も丈夫なら気も強く、口達者で食通で大食と言うこれまた痛快なキャラクターだ。「ばばを飢えさせる気か」と斬九郎に迫り、食費を稼ぐためにかたてわざに精を出さなければならないのだが、息子の方も「くそ婆あ」だの「娑婆ふさぎ」だのと悪態を吐く毒舌ぶり。ただ、この母は鼓の名手で、その冴えた音色は空腹時には出ない。母の打つ鼓に惚れている斬九郎は否が応でも母の食費を稼がなければならないという、なかなか微笑ましい親子なのである(笑)。

斬九郎は眠狂四郎に比べて陽性のヒーローであるが、無頼で刹那的に生きているところは同様かもしれない。まぁとにかく、痛快でユーモラスな傑作時代小説だ。因みに時代劇化された時のキャストは、残九郎が渡辺謙、母親が岸田今日子で、なかなか上手い配役だったと思う。