本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

トマシーナ/ポール・ギャリコ

スコットランドの田園を舞台にした、獣医と愛娘とその愛猫を巡る心優しい物語。一応ファンタジーとなっているが、スーパーナチュラルな要素は少しだけだ。

アンドリューイ・マクデューイ氏は、医師になりなかったのに父親に家業の獣医を継がされ、人間的にねじ曲がっている。更に妻には先立たれ、傲岸で尊大で独善的な獣医になってしまっているが、娘のメアリ・ルーだけには優しい父親である。

メアリ・ルーの愛猫トマシーナは、多少迷惑に思いながらもメアリ・ルーとの生活を楽しんでいるが、マクデューイ氏のことは嫌っている。このあたり、気位高く活発なトマシーナの独白がまず楽しい。

動物病院には多数の患畜が来院するが、獣医という仕事を愛していないマクデューイは、少しでも生きながらえさせたいと思う飼い主の愛情など頓着せず、やたらと安楽死ばかりさせている冷たい人間で、トマシーナが不調になった時にも、泣き叫ぶメアリ・ルーにいらつきながらクロロフォルムをかがせてしまうのだった。

衝撃を受けたメアリ・ルーは父親を憎悪して想像の中で父親を殺し、この世にいないものと思いこむ。そうして徐々に衰弱していく。

もう一人の主要人物「いかれたローリ」は町はずれの山の中に隠棲する純粋で気高い女性で、精霊と話が出来るようなスピリチュアルな人間でもある。慈悲の心が溢れているせいで傷ついた動物たちを放っておけず、ついには動物が自らローリを訪れたりしているほどだ(笑)。

娘を衰弱させているという噂が広まって動物病院は閑古鳥が鳴くようになっているが、マクデューイはローリに客を取られたと思いこんでいる。で、抗議すべく山の中へ出かけていくと、ローリは手に負えない傷を負ったアナグマに迷い込まれて途方に暮れていて、神の助けとばかりにマクデューイの来訪を喜ぶのだった。

しかし、ローリの飼い猫タリタはマクデューイを猫殺しと決めつけどうしても許せない。自らを古代エジプトの猫神バスト・ラーであると曰うタリタは、マクデューイに破滅をもたらそうとする・・・。

この物語は、ただメアリ・ルーとトマシーナの愛猫物語ではなく、愛の力は人間を変えるのかという、マクデューイ氏の魂の遍歴を描くファンタジーである。冷たい心にひびが入り、動物や子供たちへ関心を向け始めるあたりに優しさが漂い、まるでスクルージクリスマス・キャロルディケンズ)だなぁと思うのだった(笑)。