本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

横道世之介/吉田修一 

バブル全盛期、長崎から大学入学のために上京した横道世之介の一年を描きつつ、世之介と関わった人たちのその後を交えて描いた青春小説。世之介はある実在の人物の若い頃という設定がなされているが、なぜわざわざ実在の人物に帰する必要があったのか疑問。
 
ヘラヘラとして人が良く、頼りなさげという世之介はいかにもこの手の小説にうってつけの好人物。しかし妙な正義感とか芯の強さも持ちあわせており、そのことが関わった人々に大きな印象を残していくのだ。

ゲイの友人とか、できちゃった結婚の末に退学した友人とか、世之介と関わった人物の中で特に印象的なのは、後に世之介の恋人となる与謝野祥子である。浮世離れしたお嬢様で、強引、マイペース、妙な言葉遣い(私、〜ですのよ的な)でなんとも魅惑的なキャラ。最初は当惑していた世之介だが、祥子に惹かれていく。

マスコミ研究会の学生がダブルのスーツを着て名刺交換している、なんて情景もバブルっぽい感じがして楽しい。まぁ、今でもこんな学生はあろうけれども。大学を(横に)出たのはバブルが始まる4〜5年前なのでこの頃の雰囲気というのは今ひとつ分からないが、いかにもという感じがして滑稽だ。

後世、報道カメラマンとして成功している世之介だが、カメラを始めたきっかけはほんの偶然で、そのいい加減な行く立てもいかにも世之介・祥子コンビらしい。世之介が最初に撮った写真は後に「絶望よりも希望を写そうとしていた」と振り返られている。

知り合った人々を幸せな気分にする春風駘蕩とした世之介のキャラクターが何とも楽しく、かなり切ないハッピーエンドの青春小説と言えるかもしれない。