本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

虚空の旅人/上橋菜穂子

守り人シリーズではあるが女用心棒バルサは登場せず、かつて父王に謀殺されるところをバルサに助けられたチャグムの旅の物語となっている。

新ヨゴ皇国皇太子チャグムは、同盟国であるサンガル王国の新王即位の儀式に招かれ、星読博士ジュガと共にサンガルに赴く。サンガル王国は、海商=海賊の連合体から成り上がった王家が多くの島々の領主「島守り」の上にゆるやかに君臨するという形を執っており、主従関係はさほどきつくないが、そこに目を付けた南の大国タルシュが島守りたちに不穏な誘惑をささやきかけているような状況である。

王家の次男タルサン王子は、王家の方針としてカルシュ島の海の民に預けられ、将来は軍を統べるべくたくましく成長しているが、勇猛さを誇るあまり負けず嫌いでやや軽躁の気味があり、そこから陰謀に巻き込まれる羽目に。面白いのはサンガルの王家の女たちで、高度に政治的で陰謀好きであり、嫁いだ島守りの動向を監視しているのだが、人々を平気で犠牲に出来るような冷酷さも併せ持っている。

物語は、サンガルの民の信じるもう一つの世界の神が憑いたとされる少女エーシャナが「ナユーグル・ライタの目」として宮廷に連れてこられ、さらに漂海民の娘スリナァの家族がサンガルの軍船に襲われて・・・、と言ったところから動き始める。

弱冠14歳で外交担当者としての冷静さを持ちながら、正義感と誠意あふれるチャグムは、トラブルにはまり込んだ者たちを助けようと、シュガ(星読博士は天の動きを読んで人々を導く役職だが、実は政治を裏から動かす謀略集団の若きエリート)の助けを借りながら孤軍奮闘する。バルサ抜きでも大いに活躍できるチャグムの成長が嬉しい。シュガとの間にも単なる主従関係ではない絆が描かれており、新ヨゴ皇国の未来を背負って立つ二人は有望だ。

苦悩を持つ若者が旅に出て一回り成長する物語はファンタジーの王道であり、その醍醐味をたっぷりと楽しませてくれる。将来的にはまだまだトラブルに見舞われそうで、それをどう裁いていくかも楽しみだ。