本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

シャングリ・ラ/池上永一 

沖縄の風土や伝承や土俗をモチーフに、ユーモラスで切ないファンタジーを書いてきた池上永一だが、今回は真っ向からの大作SFである。

近未来の東京は、ヒートアイランドや温暖化によって熱帯と化しており、政府は空へ伸びる人口都市アトラスを建設するが、入れるのは大枚を払えるエリートのみ。そして環境対策と称して東京を緑化してしまう。無目的無軌道な緑化によって東京中がジャングルになり、家を追われ、難民化した人々は、反政府ゲリラ「メタル・エイジ」の拠点ドゥオモに糾合される(メタル・エイジは東京を以前の町に戻すことが目的である)。

そして、ここにメタル・エイジの新たな総統が誕生する。跳ねっ返りの美少女國子である。前の総統凪子から帝王教育を受け、ニューハーフのモモコ(格闘技の天才)によって育てられた國子は、活発で聡明で下ネタ好き(笑)の若きリーダーなのであった。いかにしてアトラスを開放するかが國子の使命だが、アトラスの歩んできた歴史や目的、近未来世界の経済、軍事など、多岐に渡る設定が物語を非常に重厚なものにしている。

二酸化炭素の排出量は国連によって管理されており、基準を超過すると炭素税がかけられるが、実質炭素と経済炭素という概念が生まれ、これに目を付けたカーボニストと呼ばれる投資家も誕生している。天才的な小娘が超絶的なコンピュータを使い、市場を荒らし回ったりしているが、これも後に伏線として利いてくる。金融の仕組みをSFに投影させた面白い設定だと思う。アトラスを支える新素材は炭素から生まれているし、炭素がすべてを支配する世界なのだ。

池上作品の魅力は、脳天気な会話や、その底に潜む悲しみ、濃密な人間関係などで、今作では脳天気さはやや影を潜めているのが物足りないが、一人異彩を放つのは國子の育ての母であるニューハーフのモモコだろうか。柔道の元オリンピック代表、セクシー中年美女にして永遠の28歳、若い男を見るともてあそばずにいられないなど、なかなか魅力的なキャラであり、なおかつ國子にとっては慈愛に満ちた(下ネタ好きの)母なのである。

もう一つ、しぶとくて健気な悪役というのも毎度常連であるが、今回の悪役はやや悪辣すぎて引いてしまった。そういえば、今作はやたらとスプラッタな感じもあったが、あまり毒々しさを感じさせないのが池上作品の品の良さだろうか。

前作までとはだいぶ趣が違っているが、正義感あふれ、ややおちゃらけた國子の壮絶な戦いを描く、痛快傑作SFである。