本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

アジアパー伝/西原理恵子・鴨志田穣 

若い頃に東南アジアでフォト・ジャーナリスト放浪暮らしをしていた夫が思い出を語り、鬼才漫画家の妻が夫を肴にして思いっきりいたぶっている夫婦共著の旅ルポである。過激な夫婦漫才という感じだろうか(笑)。

夫は、自分自身をアルコール・薬物まみれのダメ人間として自虐的に描き、東南アジアの猥雑さ、パワフルさ、貧困、性風俗までを、多少のギャグを交えてありのままに語っている。イラクで殺害されたフリージャーナリスト橋田信介氏のカメラクルーなどもしていたようで、内線が一応終結し、自衛隊もPKO派遣されたカンボジアの奥地を取材した際はポルポト派に車を取られ、弁償を求められた橋田氏が、著者を人質にしてバンコクに金策に行く場面がある。かなり面白いものの、一つ間違えば命の危機でもあったろう。わざわざ危ないところに保証もなしに出かけていくのがジャーナリスト根性というものだろうか。

総じて貧困で悲惨な東南アジアの現実があるが、ダメ人間の鴨やその仲間のくすぶり日本人を受け入れる大らかさもある。「タイでは人の命は安い。みんなすぐに産んで、すぐに捨てて、すぐに拾って育てる。考えも毎日の暮らしも安い。だからみんなすぐ幸せになれる。ぼくはタイのそういうとこが好きだと鴨は言う。」と西原女史の挿絵漫画にあるが、悲惨のような安らかなような、何とも不思議な雰囲気だ。

亭主を「鴨」呼ばわりし、思い切りコケにしている西原担当の漫画の部分も相当である。過激な筆致で「鴨」をいたぶりつつ、東南アジアの子供の悲惨さ、健気さなどもさらりと描いている。ここには貧困を声高に訴えるような使命感やメッセージも、楽園アジアの賛歌もない。ただ、見たものを誇張して面白おかしく描きたいという漫画家根性なのだろう。夫妻どちらの筆致も、椎名誠の若い頃の過激さを思い起こさせるものがあった。

鴨志田穣は昨年亡くなったが、42才だったという。離婚→アル中で入院→元妻がサポート→復縁したそうで、西原女史が「最期の日々は幸せでした」というコメントを出しているのを読んだことがある。西原御殿には、鴨志田が蹴った壁の穴・略して「鴨蹴り」があると以前にテレビで見たことがあるが、なかなかに面白夫婦だったようで、そんな夫婦にふさわしいアジアルポだった。