本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

聞き屋与平/宇江佐真理 

薬種屋仁寿堂の隠居与平は、道楽で、五と十の日に店の裏側に机と腰掛けを置いて人の話を聞く「聞き屋」をしている。話を聞くだけでアドバイスなどするわけではないが、それでも胸の内を語りたい人間は多いのである。語る人たちのドラマを主題にした連作なのだろうと思って読み始め、またその通りでもあるのだが、与平には暗い秘密があり、それが物語をミステリアスに盛り上げる。

仁寿堂は、与平の父親が、火事で潰れた奉公先の看板だけを受け継ぎ、独力で大きくした店である。潰れた店の主人の未亡人は他家へ後添いに入り、以後無関係を決め込んでいたが、大きくなった仁寿堂を見てやっかみ、ダニのような岡っ引きを焚きつけて、与平の罪をあぶりだそうと画策する。

ゆすり、たかり、女衒のような真似もする岡っ引き「鯰の長兵衛」が良い味を出している。親子二代で四十年間与平に執念深くまとわりついているのである。正義感ではなく、探索に携わる者の執念であろう。与平にとっては敵のはずなのだが、妙に認め合っている部分があったりして面白い。

聞き屋に話を打ち明ける人たちの挿話ももちろん興味深い。だらしない母親のために吉原に売られそうになった娘が最終的には与平の息子の嫁になる話、顔の痣を気にして嫁取りに二の足を踏む侍、恋しい女に会いたさにお縄になる盗賊など、苦みのある救済という感じだろうか。

このところの武家物何冊かはあまり頂けなかった宇江佐真理だが、今作はスパイスの利いたミステリアスな連作集でとても楽しめた。