本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

青き狼の血脈/小前亮 

チンギス・カンの孫であるバトゥを主人公とした中国史小説。

バトゥの父ジュチは、チンギス・カンの長子ながら、チンギス・カンの正妻が他部族に拉致されていた前後に生まれているため、チンギス・カンが自分の子であると認めているにも関わらずジュチ(客人)という奇妙な名前を付けられ、常に出自を疑われてきている。

ジュチはカン位を継ぐこともできない無念を持って生きてきたが、その死後、ジュチ・ウルスを継いだバトゥにはカン位を継ぎたいなどという思惑はなく、西方は切り取り勝手の許可を二代目のカン(大カァンを自称する)オゴディから取り付けると、ひたすら己の領土を広げることに邁進している。歴史に登場する清爽な好漢を描かせると上手い作者だが、本作のバトゥも、戦いは上手く、征服した国々の文化や人材を活用することに長け、長期的な野望を持つ戦闘者として魅力的なキャラクターだ。

モンゴル帝国はゆるやかな共同体であればよく、地位などには拘泥しないバトゥだが、王位に就く者が愚昧であっては困るので、従兄弟モンケを次期カンにしようと画策する。しかし、さまざまな謀略から、器量の小さな従兄弟グユクがカン位を継いでしまい、このあたりから政争の気配が濃くなってくる。己の器量を知って満足していればそこそこ有能なのにと臣下から惜しがられているグユクは、他人を羨み、嫉妬の炎を燃やす質だが、己の出自を意にせず悠々と生きているバトゥが憎くてたまらないのだった。

征服、版図の拡大、謀略などの戦いを二十年ほどのスパンで描く歴史物語は、草原に吹く風を思わせ、血なまぐさいながらも爽快である。