本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

チャーリーとの旅/ジョン・スタインベック

アメリカを代表する作家の一人である著者が、老犬シャルル・ル・シアンと共に1960年のアメリカを自動車で旅した記録。変貌を遂げつつあるアメリカの現実が生々しく語られているが、老犬チャーリーの描写が場を和ませている。フランス生まれフランス育ちの高貴な犬(スタンダードプードル)は正確なFの発音が出来るらしい(笑)。

冒頭、「ここではないどこかへ行きたい衝動」について語られている。若い頃には、大人になればそういう衝動は消えると言われ、大人になった時には「中年になったら治る」。中年にさしかかったら「もっと歳を重ねれば熱も冷める」となだめられたものの、58歳のこの時も、船の汽笛やジェットの轟音に旅心を刺激されている。まるで「漂白の思い止まず」の松尾芭蕉そっくりだ。そうして、キャンピングカー仕様のピックアップトラックで旅に出る。

当時はモバイルホーム(トレーラーハウス)の黎明期であり、土地に縛られない新しいライフスタイルであると、その先進性が夢のように語られているが、現在のトレーラーハウスは低所得者用の住宅という感じがある。50年経てばやはり変わるものだ。いかにも自動車文明の国らしいエピソードという感じもする。

数十年ぶりの故郷(カリフォルニア州サリーナス)のほろ苦くて懐かしい旧友との再会や、テキサスという地域の独自性などは、旅行記ならではの面白さである。テキサスは、アメリカからの独立権を有する唯一の州らしく、そのことを誇りにしているそうだが、スタインベックが「では、独立を支援する会を作ろう」というと鼻白むそうだ(笑)。テキサスの富豪は、富豪だから質素な服装をしていられるという洞察もなるほどと思う。

そして、公民権運動さなかの激しい差別の現実がある。南部の上流階級はアフリカ系アメリカ人への差別意識をあからさまには見せず、下流層に限って激しい差別意識をたぎらせるという話を読んだことがあるが、白人との共学を選んだアフリカ系の子供に罵声を浴びせる「チアリーダーズ」なる現象は、まさにそういう感じだろうか。どちらも哀れな感じがする。  

最終場面、我が家のあるニューヨークで、急ぐあまり迷子になる里心が微笑ましい。

本書は、「粗忽拳銃」「自転車少年記」などで人気の竹内真の新訳である。