本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

夜の写本師/乾石智子

書物に書かれる文字で魔法を使う「夜の写本師」の復讐を描くダークな雰囲気の本格ファンタジーである。

右手に月石、左手に黒曜石、口のなかに真珠を携えて生まれてきたカリュドウは女魔道師エイリャに引き取られ、育てられてきた。エイリャがエズキウムを支配する大魔道師アンジストの逆鱗に触れ、幼なじみの女友達フィンと共に虐殺されると、命からがら逃げ出し、抜け殻のようになってしまうが、復讐の思いから闇を身内に宿すことで復活する。そして、魔道師ではなく、夜の写本師として復讐を遂げようとするのだった。

エズキウムに500年の平穏をもたらしているアンジストは、冷酷残忍な手口で他者の魔法を奪い取って来ているが、この1000年間の血なまぐさい経緯にかなりのページを割いており、過去の因縁やアンジストの酷薄さが物語に重厚感を与えている。

失われた魔法を取り戻すと言った部分は「どろろ手塚治虫」を、他者の生命を吸い取るアンジストはダースベーダ−を思い出させるし、身内の闇を制御して戦わなければならないカリュドウには何となくゲド戦記の影響が感じられる。作者が影響を受けたかどうかは不明だが、いくつかのファンタジーのパターンを踏襲しつつ、独自の新たな世界を構築したということではなかろうか。

写本というのは現在のコピーであるが、肉筆で美麗に一冊の本を仕上げるのだから、そこに込められる念が違うと思われる。そこに魔法を絡ませた「夜の写本師」という存在が何とも魅惑的だ。このタイトルだけでぐっと惹かれるものがある。

アンジストに関しては、酷薄な男の魅力という点でハードボイルドや時代小説のニヒルな主人公を思わせる。血なまぐさいファンタジーの最後にいい話を持ってきて手際が良すぎるような気もするが・・・。

ダークな色合いが何とも魅惑的な傑作である。ラノベファンタジーも嫌いではないが、こういうどっしりした読み応えのあるファンタジーにこそ読書の醍醐味があるような気がする。日本でもこんなファンタジーが出版されていたんだなぁ。